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「温泉水汲み上げ装置」事件

「温泉水汲み上げ装置」事件

平成17年(行ケ)第10113号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第490号)
口頭弁論終結日 平成17年9月1日
無効2003-35399号事件

 

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/405/009405_hanrei.pdf

 

■概要
・出願前の屋外での試運転につき「公然実施」の該当性が争われた事件。
・現場は「被告が資材置場として使用していた被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,上記試運転の際には,第三者の立入りが禁止されていた」が、「金網フェンス」の性質上、「現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができた」という状況であった。
・原告(無効主張者)は「この発明は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であったから,本件審決の上記判断は誤りである」旨を主張。
・裁判所は「原告が主張するように第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても,それ以上に,本件訂正後発明1(本件発明1と同じ)の核心をなす「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」様子の詳細は,見ることができなかったというべきであり,また,第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況にあったということも認められないから,本件発明1は秘密を保持されたまま実施されたいうべきであり,公然実施されたものと認めることはできない」と判断した。

 

■ポイント
・「第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても」、発明の核心部分の詳細を見ることができず、「第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況」でもなければ、「公然実施」は否定され得る。
・「出願前に屋外で試運転」=「公然実施」=「出願断念」という画一的な判断は、サボり過ぎ。

 

■参考情報

akema-boring.com

 

■原告の主張
ア 取消事由1(公然実施の判断の誤り)
 本件審決は,特許法29条1項2号の公然実施とは,部外者が含まれて実施したことが条件であるが,平成7年6月6日から8日間秋田県大館市清水町の被告敷地内の温泉井戸(以下「明間温泉」という。)において行われた「温泉改善装置移設試験」は公然実施の条件を欠いているから公然実施に該当しないと判断した。
 しかし,特許庁の審査便覧(42.03A)には,特許法29条1項2号は発明が実施されたことによって,公然知られた事実が認められない場合でも,その実施が公然なされた場合を規定しているものである旨記載され,また,東京高裁昭和51年1月20日判決(判例タイムズ337号283頁)は,公然知られたとは,閲覧可能性があればよいと判示している。
 本件は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であった。
 また,本件は,工事の安全上,第三者の立入りを禁止した状態で行われたが,これは安全を確保できる範囲での当然の行為であり,24時間体制で立入りを規制していたわけではなく,まして密室で実施されたものではなく屋外で実施されたものであるから,公然実施に当たるというべきである。
 本件が公然実施に該当しないとの本件審決の上記判断は,上記審査便覧及び裁判例を看過し,特許法29条1項2号を誤解した不当な判断である。

 

■被告(特許権者)の反論
(1) 取消事由1に対し
 本件審決が,「温泉改善装置移設試験」が行われた場所は被告の敷地内であり,「当該敷地が具体的にどのような状況であったかについては,請求人からは何ら主張立証がないため,外部の者が敷地内に自由に立ち入ることができる状況にあったとか,外部の者が当該発明の実施状況を見ることができたということはできない。むしろ,当該敷地は,明間の私有地であるから,自由な立ち入りは困難であった」(8頁16行~21行)として,公然実施を否定した判断に誤りはない。特に,送水管の「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」との構成は,坑内の深層部のため,見ることはできない。

 

■裁判所の判断
2 取消事由1(公然実施の判断の誤り)の有無
(1) 前記争いのない事実と証拠(甲1,4,5,7ないし20,27ないし41,乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,本件訴訟に至る経緯等として,次の事実が認められる。
ア 原告が代表取締役を務める株式会社であるAは,平成7年1月10日,被告との間で,Aが有する温泉井戸の状況改善技術,温泉熱回収利用技術,地熱利用技術等の技術による調査・分析・企画業務(以下「本件技術業務」という。)と,これらに関連してAが特許・実用新案等の工業所有権を申請している機器及び設備の営業,販売,施工,アフターサービスを実施する権利を被告に与え,被告が自己の名と責任においてこれを実施する,Aが被告の依頼により本件技術業務を行うときは,Aと被告間で,その都度請負契約を締結し,被告はAに本件技術業務の報酬を支払う等を内容とした業務提携契約(以下「本件業務提携契約」という。)を締結した(甲1)。
イ 被告は,平成7年2月,Aに対し,被告が掘削工事を行っていた京都府綾部市内の温泉井戸(以下「綾部温泉」という。)について,温泉水の昇温及び湧水量の増量を目的とする本件技術業務を依頼し,Aは,同年2月28日付けで,被告に対し,孔内注水式の深層熱誘導法による昇温・増量策の設備概略図等を記載した企画書(甲38)を送付した。上記企画書には,綾部温泉の現在の井戸口元温度約15.8℃,湧水量毎分約3.2リットルであるが,これを井戸口元温度約43℃,温泉量毎分約50リットルの目標値に昇温・増量することを可能である旨記載されていた。
 被告は,Aに対し,平成7年3月25日付けで,上記企画書等に基づいて作成した設備の施工図(甲4)をファックス送信し,さらに,同年4月10日付けで,当初設計から放水管の口径等を変更した放水管詳細図(甲5)をファックス送信した。
 平成7年5月15日,綾部温泉で,被告が完成した設備・装置の試運転が行われ,その後,同年5月16日,21日及び22日にも,同所で試運転が行われたが,井戸口温度は26.4℃にとどまり,湧水量の増量はみられなかった。なお,上記企画書及び上記試運転中にAから被告へ提出された改善指示書には孔底までの距離は1800mとする旨の記載があったが,被告は,費用がかかることなどから,それに従わず孔底までの距離を1300mとして上記試運転を行った。
ウ その間Aは,被告の依頼に基づいて,平成7年4月14日付けで,大館市清水町所在の温泉井戸(明間温泉)についての企画書(甲39)を送付した。上記企画書には,現在約37.5℃(井戸口元)の泉温を45℃以上に昇温すること,孔外注水法により,孔内湧水量毎分65リットルを毎分100リットルに増量することを目的とする旨記載されていた。
 被告は,綾部温泉で使用した前記設備・装置を明間温泉に移設した上,平成7年6月6日から同年6月13日までの8日間にわたり,明間温泉で,その設備・装置の試運転(「温泉改善装置移設試験」)を実施した。その試運転の際には,原告も立ち会った。
 明間温泉は,被告が資材置場として使用していた被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,上記試運転の際には,第三者の立入りが禁止されていた。
エ 平成7年6月14日付け北鹿新聞(甲11の(1))に,「温泉の温度,湯量調整」,「明間ボーリング 深層熱誘導実験に成功」との見出しを付して,「大館市の㈱明間ボーリング・・・は,深層熱誘導法の実験に成功した。これまで湯温,揚湯量の不足で失敗していた温泉の湯を地熱を利用して加熱,増量させるもので,この技術が実用化されれば今まで使用できなかった源泉を復活させることができる。実験の成功は日本初と同社では話している。・・・今回実験に成功した深層熱誘導法は,これまでボイラーなどに頼っていた温泉の加熱を地熱で行うもの。地下七百メートルの深さでは,地熱は約六十度になることを利用し,地上に出た水をポンプで強制的にもう一度地下にもどし,対流させて温度を上げる。温度が足りないものは温度をあげ,揚湯量が足りないものは,水を加えて量を増やすことができる。・・・同社は,昭和五十五年に清水町の工場敷地内に掘り,湯温不足で使用していなかった源泉を実験に利用。三十七.五度だった湯温が,最高四十二.二度まで上昇した。装置は,パイプが横につながっているもの。さらにユニット化でコンパクト化,揚湯管の開発で高効率化開発も図られる。」などと記載された記事が掲載された。
オ 次いで,平成7年6月19日付け大館新報(甲11の(2))に,「「死んだ温泉」を復活!!」,「明間ボーリングが画期的システム」,「"地下ボイラー"開発」,「実用新案申請へ・・・・・大館から全国へ発信」との見出しを付して,「温泉井深層熱誘導昇温システムと呼ばれるもので,同社のB技師が開発した。地底の温泉をかき混ぜることで,地熱を吸収して湯温を上げることができる,という発想。幸い同社には実験井があった。同市清水町の資材置場の一角に一九八〇年,社員の福利厚生用にと温泉を試掘したところ,九百二十メートル掘って湯温は三十七.四度しか上がらなかった。そのまま放っておいたところが今回の実験場となった。・・・試行錯誤を繰り返しながらスタートから三日目,ついに湯温四二度まで上げることに成功。」,「企業秘密となる部分は多いが,初期の実験データによると,毎分百七十五リットルをくみ上げ,このうち七十五リットルを排出し,百リットルを地中に戻した。これが地中深層部をかき混ぜるとともに,地底の熱交換も同時に行い,湯温上昇に結びついた。」などと記載された記事が掲載された。
カ Aは,前記エの記事を見て,被告がAが考案発明したシステムを盗用したものと考え,平成7年7月28日付け内容証明郵便で,代理人弁護士を通じて,被告に対し,被告の行為はAの著作権実用新案権特許権を侵害する違法行為に当たるとして,損害賠償等を求めた。
 これに対し被告は,平成7年8月11日,Aに対し,本件業務提携契約の錯誤無効を理由に,同契約に基づき支払った報酬(合計270万円)が不当利得に当たるとして,その返還を求める訴訟(秋田地方裁判所大館支部平成7年(ワ)第85号)を提起した。平成9年8月,被告の請求を全部認容する旨の第1審判決が言い渡され(甲36),Aは,これを不服として控訴仙台高等裁判所秋田支部平成9年(ネ)第95号)した。
 控訴審は,平成11年9月1日,第1審判決を取り消し,被告の請求を全部棄却する旨の判決を言い渡した(甲37)。
キ 一方,Aは,平成10年に,被告及びC株式会社に対し,被告が開発した商品であるとして,被告らが共同して温泉汲み上げ装置(商品名・コンベクト)を各種展示会やコンクールに出品した等の行為が不正競争(誤認惹起行為)に該当するとして,被告らに対し,上記装置の営業活動の禁止等の差止めを求めるとともに,被告に対し,本件業務提携契約に基づく報酬(技術料)の残金480万円の支払を求める訴訟(秋田地方裁判所大館支部平成10年(ワ)第62号,第64号,第76号)を提起した。同支部は,平成12年3月28日,原告の請求のうち,被告に対する報酬請求に関する部分を一部認容(130万円及び平成10年8月12日以降の年5分の割合による遅延損害金)し,被告らに対する差止請求に関する部分を全部棄却する旨の判決を言い渡した。これに対しA及び被告がそれぞれ控訴仙台高等裁判所秋田支部平成12年(ネ)第37号)し,平成13年2月14日,Aの控訴を棄却し,原判決中,被告の敗訴部分を変更し,被告に対し,90万円及び平成10年8月12日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる旨の判決が言い渡され(甲41),その後,同判決は確定した。
ク この間被告は,平成7年6月22日,本件特許出願をするとともに,同日付けで本件実用新案登録出願をした。そして,平成7年11月15日には,本件実用新案登録(登録第3020698号)を受けるとともに,平成11年5月28日には,本件特許の設定登録を受けた。これに対しAは,平成11年10月31日付けで,本件特許に対し特許異議の申立てをした(平成11年異議第74083号)。その通知の内容は,特許庁は,その審理途中の平成12年5月11日,被告に対し,取消理由通知を発した。その通知内容(甲16)は,異議申立人たるAが提出した綾部温泉及び明間温泉に関する前記企画書(甲38,39)には「温泉井戸内に,揚湯管を備えた温泉水中ポンプと,温泉井戸孔内深層部に配置される端部に放水管を備えた環水管とを設け,揚湯管と環水管及び温泉供給管とに接続された熱誘導促進器を有し,熱誘導促進器において供給管と環水管とに分湯し,さらに,環水管には管が接続されこの管から温泉井戸内へ注水する温泉井戸の昇温増量装置」なる発明が記載されていることになるが,この発明は公然実施発明であり,本件訂正前の請求項1及び2に係る発明とは実質的に同一の発明であるから特許法29条1項2号に違反する,等というものであった。これに対し被告は,前記のとおり,平成12年7月25日付けで,本件訂正を請求した。
ケ 特許庁は,平成12年9月29日,本件訂正を認め,訂正後の請求項1ないし3(本件発明1ないし3)に係る特許を維持するとの決定(本件異議決定。甲18)をし,同年10月21日,本件異議決定は確定した。
 本件異議決定の中で特許庁は,前記取消理由通知の中で指摘した公然実施発明との関係につき,本件訂正により訂正された訂正後発明1(本件発明1と同じ)は,「送水管を坑の坑底に固定することによって,明細書記載の「排水口から排水される水の勢いで揺れて部材が破損することを防ぐ」という作用効果を奏するものであり,本件訂正後発明1は,上記公然実施された発明であるとはいえないし,上記公然実施された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない」等として,本件訂正後発明1ないし3(本件発明1ないし3)は独立特許要件を有すると判示した。
 その後,原告は,平成15年9月17日付けで,本件特許につき特許無効審判請求をした。
 特許庁は,平成16年7月8日に仙台市特許庁審判廷で口頭審理(本件口頭審理)を行った
(2)ア ところで,本件審決は,平成7年6月6日から8日間被告が明間温泉において行った試運転の内容を「明間温泉発明」と称し,その内容を「温泉井戸内に,揚湯管を備えた温泉水中ポンプと,温泉井戸孔内深層部に配置され下端部に放水管を備えた還水管とを設け,揚湯管と還水管及び温泉供給管とに接続された熱誘導促進器を有し,熱誘導促進器において温泉供給管と還水管とに分湯し,さらに,還水管には別の井戸から管を介して温泉井戸内へ注水する温泉井戸の昇温増量装置」(7頁14行~18行)と認定した上で,この内容を発明と解した場合,これは,本件特許出願前の平成7年6月6日から8日間,大館市清水町の被告の敷地内において行われたが,公然と実施されたことを証明する証拠は提出されておらず,公然と実施されたものということはできない旨判断(8頁6行~10頁11行)した。
 これに対し原告は,この発明は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であったから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
イ そこで検討するに,前記認定のとおり,被告敷地内の温泉井戸は,被告が資材置場として使用している被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,「温泉改善装置移設試験」の実施の際には,第三者の立入りが禁止されていたのであるから,原告が主張するように第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても,それ以上に,本件訂正後発明1(本件発明1と同じ)の核心をなす「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」様子の詳細は,見ることができなかったというべきであり,また,第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況にあったということも認められないから,本件発明1は秘密を保持されたまま実施されたいうべきであり,公然実施されたものと認めることはできない(なお,前記認定のとおり,平成7年6月6日から実施された前記「温泉改善装置移設試験」については,平成7年6月14日付け北鹿新聞(甲11の(1))及び同年6月19日付け大館新報(甲11の(2))に掲載されたが,その各記事の内容に照らしても,本件発明1の具体的な内容は明らかにされていない。)。
 したがって,本件発明1ないし3は公然実施されたものではないとした本件審決は,その結論において誤りはなく,原告主張の取消事由1は採用できない。

 

裁判長裁判官 中野 哲弘

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