進歩性の一考察(「マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置,その装置において実行される方法およびプログラム」事件)

 

「マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置,その装置において実行される方法およびプログラム」事件

平成27年12月17日判決言渡
同日原本領収 裁判所書記官
平成27年(行ケ)第10018号
審決取消請求事件
口頭弁論終結平成27年11月19日
不服2014-10032号

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/557/085557_hanrei.pdf

 

■ 事案の概要
- 「予め格納」と「動的に調整」との相違点につき、容易想到性の判断が争われた。
- 本願発明は、スマホやPCなど、複数の異なる端末(マルチデバイス)に応じて適切な表示形式への変換を実現するために、「予め格納」された複数の定義ファイル(CSSファイル)から、端末の画面サイズに応じて何れか一つの定義ファイルを選択する方式。
- 引用発明は、端末の画面サイズに応じて「動的に調整」する方式。

 

■ 上記相違点に対する審決の判断
- 周知例(端末装置の種類(通常、画面サイズも異なる)に対応する複数の定義ファイル(スタイルシートCSSファイル)を予め用意しておき、そのうちの1つを選択する技術)に基づき、容易想到である。

 

■ 出願人(原告)の主張(要約)
- 引用発明の目的は、「端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく、コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ、端末装置に応じた最適なコンテンツを提示する」というもの。
※ カギ括弧内は、引用文献からの引用部分。
- 周知技術(複数のスタイルシートを予め用意)を採用すれば、引用発明の前記目的を達成することが出来なくなる。

 

特許庁(被告)の主張(要約)
(引用文献における目的の記載について、)
- 引用発明があえて前記構成を採用したことは、・・・前記構成及び周知技術Aの各長短を総合して得られるメリットを比較考慮し、前記構成のメリットの方が大きい場合があると考えたことを示すにすぎない。
- 引用発明の前記構成に固有の問題の程度と、・・・周知技術Aに固有の問題の程度は、・・・発明を実施しようとする場面によって変化する。引用発明の前記構成に固有の問題の程度が、周知技術Aに固有の問題の程度よりも大きくなる場合があり得ることは、当業者に明らかである。
- 以上によれば、・・・これに接した当業者は、・・・あらゆる場合に周知技術Aの採用が否定されるとまでは考えないから、引用例による前記示唆も、引用発明の前記構成に代えて周知技術Aを採用することを阻害するものではない。

 

■ 裁判所の判断(要約)
- 引用発明は、従来技術において『複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の操作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題がある』という認識の下、「端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく、コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ、端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした」ものである。
※ カギ括弧以外は、当方による補足部分。
- 引用発明に周知技術Aを適用することは、「端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題を生じさせ」、「この問題は、引用発明がその解決を課題とし、・・・課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない」。
- 阻害要因があるものというべき。

 

■ 私見
- 本事案は、引用文献の解決課題欄の記載(課題認識に関する記載)から阻害要因が認定された理解しやすい例といえる。


- 本事案で着目すべき点として、特許庁の主張内容があげられる。


- 引用文献の『複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の操作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題がある』という記載に対し、特許庁は、「メリットを比較考慮し、前記構成のメリットの方が大きい場合があると考えたことを示すにすぎない」、「これに接した当業者は、・・・あらゆる場合に周知技術Aの採用が否定されるとまでは考えない」と主張している。


- 本事件の提訴日は平成27年(2015年)1月28日であることを考えると、平成27年9月改訂の審査基準に向けて、産業構造審議会の審査基準専門委員会WGで検討されていた「進歩性判断における後知恵防止」の議論は、特許庁でまったく無視されていたと言えそうだ。


https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/new_shinsakijyun03_gijiyousi.htm


- 本事案の出願について審査時の意見書を拝見すると、以下のように、回路用接続部材事件などの判決の事件番号を引用している箇所が見受けられる。


 ”主引用例として認定された引用文献に記載された発明から出発して、本願の請求項に係る発明と引用文献に記載された発明との相違点に係る構成に想到することが容易であるか否かを検討することによって進歩性の有無を判断するという手法は、知的財産高等裁判所の多くの判例によって指示されています。”
 ”例えば、平成20年(行ケ)第10096号判決および平成20年(行ケ)第10261号判決をご参照下さい。これらの判決は、進歩性に基づいて拒絶する場合、解決されるべき課題が考慮されなければならないこと、引用文献を組み合わせるためには示唆などが必要とされることを判示しています。”
 ”さらに、これらの判決は、引用文献の組み合わせを考慮してどのように進歩性の拒絶理由が形成されたかについての合理的な説明を審査官が提供しなければならないことを判示しています。”
 ”さらに、比較的最近の平成24年(行ケ)10278号判決もまた、上述した進歩性の判断手法を採用することを支持しています。”

 

- 上述の意見書から学べることとして、事件番号を列挙し、「これらの判決は、進歩性に基づいて拒絶する場合、解決されるべき課題が考慮されなければならないこと、引用文献を組み合わせるためには示唆などが必要とされることを判示しています」という抽象的な引用の仕方では、本事案が審決取消訴訟にまでこじれてしまったことを考えると、あまり効果が期待できない、と言えそうである。

 

- 個々の判決が事案に応じた個別具体的な判断に基づくものであるならば、その具体的な事情を引用して、本件との類似性を簡潔に論証すべきなのだろう。

 

- すなわち、本事案の審査段階での意見書では、何点かの裁判例を引用して、規範の定立まではしているが、その規範への本件の具体的な事情を当てはめて検証するという点が足りていなかった、と言える。

 

以上

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