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「安全な認証型距離測定法」事件

「安全な認証型距離測定法」事件
平成28年12月26日判決言渡
平成28年(行ケ)第10040号 審決取消請求事件
口頭弁論終結平成28年12月12日
不服2014-5233号事件

 

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/412/086412_hanrei.pdf

 

 

■概要

・引用発明の上位概念化が否定された事例。

・本発明は、「第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータが第2通信装置によってアクセスされるべきかを決定する方法」であって、「前記第1通信装置と前記第2通信装置との間の・・・距離が事前に規定された距離間隔の範囲にある場合に,前記第2通信装置による前記マルチメディアデータへのアクセスを許可」するというもの。

・引用発明(甲1発明)は、「車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,ドアの解錠指令の送出を決定する方法」であって、「前記車両側無線装置から,前記携帯型無線装置までの距離Rの算定が行われ,前記車両側無線装置と,前記携帯型無線装置との距離Rが所定値Ro未満であればドアの解錠指令の送出を決定」するというもの。

・審決取消訴訟では、引用発明の「ドアの解錠指令の送出」を上位概念化して、「マルチメディアデータへのアクセスを許可」する点との一致点として認定できるか否かが争われた。

特許庁は、引用文献の【0032】「さらに、施錠/解錠対象のドアが車両のドアである場合について、本発明の一実施例のキーレス・エントリーシステムを説明した。しかしながら、施解錠対象のドアは車両のドアに限らず、倉庫や家屋のドアなど他の適宜なものであってもよい。」との記載を論拠の一つとして、上位概念化を肯定する主張を展開。

・裁判所は、引用文献(甲1)に「本発明は,自動車などのドアを遠隔から施錠したり解錠したりするのに利用されるキーレス・エントリーシステムに関するものである。」 (【0001】)との記載などを論拠として、引用発明(甲1発明)は、「車両のドアに限定されないものの,ドアの施解錠に限定されたものであるといえる」と認定した。

・また、裁判所は、特許庁が主張した甲1の段落【0032】について,「ドアの種類を一般化しているにすぎず,施解錠処理以外の処理を示唆するものではなく,これを根拠に,甲1発明が「所定のサービスの実行を許可する」という動作を構成要素とするものと,上位概念化して評価することは許されない」とした。

 

■私見

・引用発明の認定について、審査基準では、以下のように説明されている。

「(4)引用発明の認定における上位概念及び下位概念で表現された発明の取扱い

引用発明が下位概念で表現されている場合は、発明を特定するための事項として「同族的若しくは同類的事項、又は、ある共通する性質」を用いた発明を引用発明が既に示していることになるから、上位概念(注1)で表現された発明を認定できる。なお、新規性の判断の手法として、引用発明が下位概念で表現されている場合でも、上位概念で表現された発明を認定せずに、対比、判断の際に、上位概念で表現された請求項に係る発明の新規性を判断することができる。

②引用発明が上位概念で表現されている場合は、下位概念で表現された発明が示されていることにならないから、下位概念で表現された発明は認定できない(ただし、技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出せる場合(注2)は認定できる)。

(注1)「上位概念」とは、同族的若しくは同類的事項を集めて総括した概念、又は、ある共通する性質に基づいて複数の事項を総括した概念をいう。
(注2) 概念上、下位概念が上位概念に含まれる、あるいは上位概念の用語から下位概念の用語を列挙することができることのみでは、下位概念で表現された発明が導き出せる(記載されている)とはしない。」

・審査基準によれば、「引用発明が下位概念で表現されている場合、上位概念で表現された発明を認定できる」とある。そのため、引用文献の記載を上位概念化して引用発明を認定することは、審査基準上は認められることになる。

・しかし、今回の判決を踏まえると、審査基準が述べる「上位概念化」が無制限に認められるものではなく、一定の制約が課せられる、ことが理解される。

・さらに、本判決では、「上位概念化」とは別の論点として、クレーム中の用語「アクセス」の解釈という論点がある。

・「リパーゼ判決」以降、「特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである」とする指摘をよくみる。

・一方、請求項に係る発明(本願発明)は、「請求項の記載に基づいて認定」されることを基礎としつつ、「請求項に記載されている用語の意義」の解釈においては、「明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識」が考慮される(審査基準(平成27年版) 第III部 第2章 第3節 2. )。

・本判決でも、特段の事情について何も言及することなく、以下のように、明細書の記載が参酌されている。 

・「「アクセス」とは,「1.情報に対する操作の総称。特にコンピュータで,記憶装置や周辺装置にデータの読み出しや書き込みをすること。2.交通手段の連絡」 (広辞苑第6版)と解されているのであって,情報を保管する記憶媒体を有する装置に対し,情報を送って記憶させることや,その記憶媒体に保管された情報の送信を受けることを意味するものと解される。 そして,本願発明における「アクセス」の主体と客体は,本願明細書に「第1通信装置に記憶されたデータが第2通信装置によってアクセスされるべきかを決定」する旨の記載がある(【0024】,【0025】)ことから,主体が第2通信装置,客体が「第1通信装置に記憶された」マルチメディア「データ」であると解される。

 

■本願発明
【請求項1】
「 第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータが第2通信装置によってアクセスされるべきかを決定する方法であって,
 当該方法は,
 前記第1通信装置と前記第2通信装置との間の距離測定を実行し,
 測定された距離が事前に規定された距離間隔の範囲にある場合に,前記第2通信装置による前記マルチメディアデータへのアクセスを許可し
 前記距離測定は,
 第1時間t1において第1信号を前記第1通信装置から前記第2通信装置へ伝送するステップであって,前記第2通信装置が,前記第1信号を受信し,
 前記第1通信装置及び前記第2通信装置が共有する共通秘密に従い前記受信された第1信号を修正することにより第2信号を生成し,
 前記第2信号を前記第1通信装置へ伝送するように構成された,ステップと,
 第2時間t2において前記第2信号を受信するステップと,
 前記第2信号が前記共通秘密に従い修正されたかを確認するステップと,
 前記第1通信装置と前記第2通信装置との間の距離をt1とt2との間の時間差に従い決定するステップと,に従い実行され,
 前記第1通信装置と前記第2通信装置との間で前記共通秘密を鍵管理プロトコルに従って安全に伝送することによって共有する方法。」

 

■引用発明(甲1)
「 車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,ドアの解錠指令の送出を決定する方法であって,
 前記車両側無線装置から,前記携帯型無線装置までの距離Rの算定が行われ,
 前記車両側無線装置と,前記携帯型無線装置との距離Rが所定値Ro未満であればドアの解錠指令の送出を決定し
 前記携帯型無線端末までの距離Rの算定は,
 前記車両側無線装置と前記携帯型無線装置の双方に予め同一の関数F(x)を登録させておき,
 前記車両側無線装置が,乱数zを呼出し信号に含ませて送出すると共に,この乱数を登録中の関数F(x)に代入することにより関数値F(z)を算定し,
 前記携帯型無線装置は,受信した呼出し信号から乱数zを抽出し,これを登録中の関数F(x)に代入することにより,関数値F(z)を生成し,これを応答信号 に含ませて送信し,
 前記車両側無線装置は,受信した応答信号から関数値F(z)を抽出し,これを予め算定しておいた関数値F(z)と照合し,照合一致の場合には前記応答信号が正当であると判定し,
 前記応答信号が正当であると判定された場合に,前記車両側無線装置が,前記呼出し信号を送信してから前記応答信号を受信するまでの所要時間Tを算定し,
 前記Tから,前記呼出し信号と前記応答信号の伝播所要時間tを算定し,
 これを電波の伝播速度Cで除算することにより,前記距離Rを算定する,方法。」

 

■原告(出願人)の主張
2 取消事由2(進歩性の存在)
 本願発明は,甲1及び甲2に記載された発明並びに甲3~5に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたものではない。
(1) 一致点の認定の誤り

 審決は,本願発明と甲1発明とは,第1信号送信装置と第2信号送信装置との間の測定された距離が事前に規定された距離間隔の範囲にある場合に,「第2信号送信装置へ」の「所定のサービスの実行」を許可する点で,一致すると判断するが,前記判断は誤りである。
 本願発明と甲1発明とは,距離測定の結果に基づいて実行される処理の内容が異 なり,当該処理が,本願発明では第1信号送信装置と第2信号送信装置との間で実行される処理であるのに対し,甲 1 発明では第 1 信号送信装置の側で実行される処理である点において相違する
ア(ア) 本願発明では,第1通信装置は,映画のライセンス保持者の認証物件として機能するマルチメディアデータを記憶するPC等やDVD再生装置などに対応し,第2通信装置は,当該マルチメディアデータを表示するためのテレビなどに対応し,第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータは,第2通信装置に転送又は複製される(第2通信装置が受信する。)。 したがって,本願発明の「第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータが第2通信装置によってアクセスされる」及び「第2通信装置によるマルチメディアデ ータへのアクセス」は,第1通信装置との間で距離測定がされる第2通信装置への転送や複製を介したアクセスである。
(イ) DVDに記録された映画を隣人宅のテレビで再生する場合,DVD再生装置と認証物件との間の距離測定は,DVD再生装置とテレビ・スクリーン間の距離が不明であるから,当該認証物件を所持する者がテレビ・スクリーンの近くにいるといえる場合か否かの判定の役に立たないのであって,本願発明の課題を解決することができない。したがって,この場合は,本願発明の態様に含まれない。
(ウ) 以上によれば,前記(イ)の場合が本願発明の態様に含まれることを前提に,「アクセス」は第2通信装置への転送や複製を介在したアクセスには限定されていないとする後記第4の2(1)ア記載の被告の主張は,失当である。
イ(ア) 甲1発明は,車両側に存在するドア用キーシリンダーの施解錠に関するキーレス・エントリーシステムに関するものであり,甲1発明の一般化を試みたとしても,車両のドア以外のドアの施解錠に限られ,「所定のサービスの実行」まで拡張することはできない。
(イ)a 甲1発明における「解錠指令」の「送出」は,ドアの解錠に特有ではない処理であるとする,後記第4の2(1)イ記載の被告の主張は,意味不明である。
 仮に,前記主張が,甲1発明において,「車両側無線装置と携帯型無線装置との間の距離測定から独立して」,すなわち,「そのような距離測定とは無関係に」送光部 34から送信される何らかの信号がドアの施解錠以外に利用可能であるとの主張であるとしても,2装置間の距離測定の結果に基づいて送光部34から送信される信号が何であるかが問題となり,甲1発明では,前記信号は,ドアの施解錠に特有のもののみである。
b.  進歩性の判断に当たっては,特許出願に係る発明が,公知文献に記載された発明に基づいて容易に発明することができたか否かが問題なのであって, 公知文献において排除されていない発明に基づいて容易に発明をすることができたかどうかが判断されるのではない。
 仮に,公知文献において排除されていなければ当該文献に記載されていると解釈できるのであれば,公知文献に開示された発明を無制限に拡張することが可能とな り,不合理である。


(2) 相違点1の判断の誤り

 審決は,甲1発明において,「“車両側無線装置と,携帯型無線装置との距離Rが所定値Ro未満であるかを判定する”処理と,“ドアの解錠指令の送出を決定する” 処理との間に一体不可分の関係は存在しておらず,前記“判定する”処理の結果として,許可される処理として,『ドアの解錠指令の送出』以外を設定することは,当業者が適宜なし得る事項である。」と判断するが,車両側無線装置と携帯型無線装置 との間の距離の判定処理の結果として許可される処理として,「ドアの解錠指令の送出」以外を設定することは,当業者が適宜なし得る事項ではない。
ア(ア)a 甲1発明において,車両側無線装置と携帯型無線装置との距離Rが 所定値Ro未満である場合にドアを解錠する理由は,携帯型無線装置を所持するユ ーザ(ドライバー等)が車両から遠く離れている場合にドアの解錠が行われてしまうとセキュリティ上の問題が生じてしまうから,そのような事態を防止するためである
 したがって,「車両側無線装置と,携帯型無線装置との距離Rが所定値Ro未満であるかを判定する」処理と,「ドアの解錠指令の送出を決定する」処理との間には, 一体不可分の関係が存在する。
b この点,被告は,後記第4の2(2)ア(ア)bのとおり,「ポリシー」と 「メカニズム」は独立に検討され得るものであると主張する。
 しかしながら,「ポリシー」は,システムにおけるセキュリティの目的,達成すべき目標,満たすべき条件などを定めるものであり,「メカニズム」は,ポリシーを実現する技術的手段である(乙3)。また,ポリシーの表現態様も,メカニズムの1つ である。
甲1発明における「ポリシー」は,「車両側無線装置と携帯型無線装置との間の測定された距離Rが所定値Ro未満である場合にドアの解錠指令を送出する」であり, 「メカニズム」は,乱数z,関数F(x)を用いて,呼び出し信号と応答信号の伝 播所要時間tと電波の伝播速度Cなどから距離Rを計算することである。
 前記ポリシーによって,アクセス制御のセキュリティ上の目的のうち,少なくとも,機密保持の一態様としての車両自体又は車両内に存在する物品の盗難などの防止という目的を達成することができる。
 被告が甲 1 発明におけるアクセス制御の「ポリシー」であると主張する,「車とユ ーザ(携帯型無線装置)との間の距離Rが所定値Ro未満である場合を正当なものとする」ことのみでは,アクセス制御の目的である1.機密保持,2.データ,システムの完全性,及び3.システムの可用性のいずれの目的も達成することができない。アクセスが「正当なもの」であった場合に「何を許可するのか」までを定義して,初めて何らかのアクセス制御の目的を達成することができる。
 したがって,甲1発明において,「車両側無線装置と携帯型無線装置との間の測定 された距離Rが所定値Ro未満である」ことと「ドアの解錠指令を送出する」こと は1つのポリシーとして一体に定められるものであって,互いに一体不可分の関係にある。
(イ) 前記(1)イ(ア)のとおり,甲 1 発明を,ドアの施解錠処理以外の「所定のサービスの実行」にまで拡張することはできない。
イ 仮に,甲1発明において,距離判定の結果として許可される処理とし て「ドアの解錠指令の送出」以外を設定したとしても,当該処理は,車両側無線装 置(第1信号送信装置)の側において実行されるにすぎず,車両側無線装置(第1 信号送信装置)と携帯型無線装置(第2信号送信装置)との間で実行される処理が許可される発明にはならない。 甲1発明は,車両側無線装置(第1信号送信装置)が距離測定の結果に基づいて解錠処理を実行するのは,当該車両側無線装置が搭載された車両の側に存在する施 解錠実行部10又はドア用キーシリンダーに対してであって,携帯型無線装置(第 2信号送信装置)に対してではない。
ウ 甲1発明に,甲3及び甲4に記載された技術を組み合わせたとしても, 本願発明のように,距離測定の対象である第1通信装置(第 1 信号送信装置)及び 第2通信装置(第2信号送信装置)のうち,第1通信装置に記憶されたマルチメデ ィアデータへのアクセスを,第2通信装置に許可する発明にはなり得ない。
(ア) 甲3に記載された技術は,電子情報担体1(例えばクレジットカード) と,当該電子情報担体1の識別情報で特定される携帯通信端末6(例えば携帯電話 やPHS)との間の距離が正当な使用範囲内である場合に,当該電子情報担体の使 用を許可するものであって,距離測定の対象である電子情報担体及び携帯通信端末 のうちの一方の装置に記録されたプログラムやデータへのアクセスを,他方の装置 に許可する技術ではない。
(イ) 甲4に記載された技術は,ワークステーションとユーザが所持するトークンとの間の距離が所定の最大距離以内である場合に,「ユーザ」によるワークス テーションへのアクセスを許可するものであって,距離測定の対象であるワークス テーション及びトークンのうちの一方の装置に記録されたプログラムやデータのア クセスを,他方の装置に許可する技術ではない。
エ また,甲1発明に,乙8又は乙9に記載された周知技術を組み合わせて 本願発明を容易に発明することはできない。
 前記ア(ア)のとおり,甲 1 発明において,「車両側無線装置と,携帯型無線装置との 距離Rが所定値Ro未満であるかを判定する」処理と,「ドアの解錠指令の送出を決定する」処理との間には,一体不可分の関係があるから,両装置間の距離判定に基づいて,ドアの解錠処理以外の処理を行うことを,当業者が容易に想到することは,あり得ない。 キーレス・エントリーシステムに関してユーザが車から離れている場合に許可すべきでないのはドアの解錠のみであり,乙8及び乙9には,車載装置側のデータへの携帯装置のアクセスや携帯装置側のデータへの車載装置のアクセスの許可に,ユ ーザと車との間の距離を考慮することは,開示も示唆もされていない。
(3) 相違点2の判断の誤り 審決は,「キーレス・エントリーシステムにおいて,“自動車側の施錠装置”と,“無線装置”間で,鍵の配送等をセキュアに行うことは,当業者にとって周知の技 術事項であるから,甲1発明においても,「関数F(x)」を更新する構成を採用し, 当該更新の手法として,甲2に開示されている「鍵管理プロトコル」を採用するこ とは,当業者が適宜なし得る事項である。」と判断するが,甲5において採用されて いる暗号方式は,公開鍵暗号方式であり,装置#Aから装置#Dに配送されている のは,公開鍵であり,装置#Aと装置#Dとの間の秘密ではないから,当業者が, 甲5の開示内容に基づいて,甲1発明のF(x)を車両側無線装置と携帯型無線装置との間で配送する構成を採用することは,あり得ない。
ア 甲1発明は,同一の関数F(x)を共通秘密として,2装置間の認証を行う ものであるから,共通鍵暗号方式に基づくものであり,両装置にあらかじめ同一の 関数F(x)を登録させておくことが選択されており,両装置の間で関数F(x) を伝送することを否定している(甲1の【0027】,【0028】)。
 共通鍵の秘匿性が高度に求められる共通鍵暗号方式と,公開鍵自体は公開されている公開鍵暗号方式とは,思想を異にし,公開鍵方式では,両装置間で保持する秘密は,共通ではなく,異なるものである。
 したがって,甲2によって,「セッション鍵」という「秘密」を伝送して共有することが周知技術であるとしても,当業者が当該周知技術を甲1発明に付加することはあり得ない。
イ 甲5において公開されている公開鍵が装置A#と装置D#との間で伝送により共有されていることは,共通鍵方式の甲1発明に甲2の周知技術を付加する動機付けとはなり得ない。
 被告は,後記第4の2(3)イのとおり,甲5においては,装置#Dを装置#Aが認 証して初めて装置#Dに暗号化されて送信された「使用回数/期限付きで消滅するプログラムを内包させた#A公開暗号キー」がこれらの間の暗号化通信に用いられるのであり,これが両装置間の「秘密」であると解してよいと主張する。
 しかしながら,「装置#Dを装置#Aが認証して初めて」が,甲5のどの記載に対応するものであるのか不明である。
 また,暗号化通信に用いられるのは,「#A公開暗号キー」であって,この公開暗号キーが公開されているという事実には変わりがない。
ウ 甲1発明のキーレスエントリーの技術分野における当業者にとって,甲 3の電子情報担体の不正使用防止技術及び甲4のマルチユーザコンピュータ環境におけるアクセス技術は,周知・慣用技術ではない。

 

特許庁の反論
2 取消事由2について
(1) 一致点の認定の誤りについて
 本願発明と甲1発明とは,第1通信装置が認証により第2通信装置によるサービスの実行を許可する点において一致している。
ア 本願発明における「アクセス」とは,アクセス要求と,それに対し,何らかの利便を与える行為の総称をいい,「第2通信装置による」「アクセス」とは, 「第2通信装置」を用いた「アクセス」を総称したものであって,「第1通信装置」との間で「距離測定」がされる「第2通信装置」への転送や複製を介在したアクセスには限定されていない。
 「第2通信装置」による「アクセス」であれば,「第1通信装置」の側で実行される処理であってもかまわないから,甲1発明が「第1通信装置の側で実行される処理」であることは,本願発明との相違点にならない。
(ア) DVDに記録された映画を隣人宅のテレビで再生する場合,DVD 再生装置と認証物件との間で距離測定がされるとき,DVD再生機器が「第1通信装置」,認証物件が「第2通信装置」となる。また,インターネットで流通してPC等に記録された映画を隣人宅のテレビで再生する場合,認証物件であるPC等とテレビとの間で距離測定がされるとき,認証物件として機能するPC等が「第1通信装置」となり,テレビが「第2通信装置」となる。
 仮に,「第2通信装置」による「アクセス」を,「第2通信装置」への転送や複製を介在したアクセスの趣旨と限定解釈すると,前者は,本願発明の実施態様に含まれない。
 しかし,本願発明が考慮しているマルチメディアデータには,DVDに記録されたものが含まれており,一方が認証物件であるとともに,一方にマルチメディアデータが記憶されているという要件を満たすにもかかわらず,前者の場合を技術的に区別する理由は見当たらない。
(イ) 前者の場合,映画を記録した媒体の貸与や無断持出しに対する再生制限となるが,後者の場合,そのような再生制限となっていないから,それのみで課題解決手段とならない場合が想定される。PC等とテレビとのインタフェースが 近距離無線の場合には,所定範囲内に機器が置かれていなければそもそも再生がされないが,後者の距離測定により実現されることは,これと変わらない。
(ウ) このように,「第2通信装置」による「アクセス」を,「第1通信装 置」との間で「距離測定」がされる「第2通信装置」への転送や複製を介在したア クセスの趣旨と限定する解釈は,技術的に合理的な区別によるものではない上,本願発明を明細書に記載された課題を解決できない態様へと限定して解釈するもので あって,このような解釈に合理性はない。
イ 審決において,甲1発明は,必ずしもドアの解錠に特有ではない処理を 捉えて認定されており,甲1発明は,解錠以外のサービスにおいても用いることが 可能な内容を示している。
(ア) 甲1には,2つの実施例(図1に係るものと,図3に係るもの)が 記載されている。これらは,ドアの解錠をアクチュエータを起動して行う構成については共通しているものの,図1に係る実施例は,認証の結果として所定のサービスを実行するという,ドアの解錠以外の処理にも応用可能な処理を行うものであ る。
(イ) 甲1には,解錠以外のサービスについては明示されていないが,エンジンやエアコンの始動(乙6,7)や照明の制御(乙7),自動車のオーディオ やカーナビゲーションシステムの制御(乙7)が想定され,これらは既にキーレ ス・エントリーシステムに係る制御の態様とされているものである。
(2) 相違点1の判断の誤りについて
ア(ア)a 2の装置間の距離が所定範囲内であることを判定することにより,所定のプログラム若しくはデータ又は装置へのアクセスを許可すること(すなわち,装置間の距離が所定範囲内であることによって許可されるアクセスを,所定のプログラム若しくはデータ又は装置へのアクセスとすること)は,周知技術である(甲3,4)し,自動車に「オーディオ」や「カーナビゲーションシステム」のように「マルチメディアデータ」を用いたサービスが用意されている場合が多いこ とにも照らせば,「データ」を「マルチメディアデータ」を含むものとすることは,文献を示すまでもない事項である。 前記(1)イのとおり,甲1発明の処理の中には,オーディオやカーナビゲーショ ンシステムの動作も含まれ得るから,甲1発明において,「ドアの解錠指令の送出」以外を設定し,その際,「第 1 通信装置」である車両内に記憶されたマルチメディアデータへのアクセスを許可するように構成することは,当業者が適宜なし得ることである。
b 認証を用いたアクセス制御において,どのようなアクセスが「正 当」であるかの定義である「ポリシー」は,このポリシーを実現するための「メカニズム」と独立に検討され得る(乙3)。
 甲1発明において,車とユーザ(携帯無線装置)との間の距離Rが所定値Ro未満である場合を正当なものとする「ポリシー」と,ドアの解錠が要求された場合に この「ポリシー」に従ってドアの解錠指令の送出を決定する「メカニズム」とは, 独立に検討され得るのであり,必ずしも一体不可分なものとして検討される必要はない。
 ドライバーが車から離れている場合に解錠されることによって問題が生じないようにする必要があることは,甲1発明において,「解錠指令の送出」を用いない他の「メカニズム」を採用できない理由にならない
(イ) 前記(1)アのとおり,「第2通信装置」による「アクセス」とは,「第 2通信装置」を用いたアクセスを総称したものであって,本願発明において「許可」されるのは,必ずしも,互いの間の距離測定がなされる「第1通信装置」と「第2通信装置」との間で実行される処理ではない。
イ 仮に,これが,互いの間の距離測定がされる「第1通信装置」と「第2通信装置」との間で実行される処理であるという前提に立つとしても,キーレス・ エントリーシステムにおいて,「車載装置(第1通信装置)」と「携帯装置(第2通信装置)」との間でデータを送受信し,車載装置側のデータに携帯装置がアクセスしたり,携帯装置側のデータに車載装置がアクセスすることは,周知技術である (乙8,9)。
 甲1発明とこの周知技術とは,いずれもキーレス・エントリーシステムに係るものであり,このようなキーレス・エントリーシステムでは,ユーザ(携帯無線装置)が車から離れている場合の車へのアクセスを許可すべきでないのであるから, 甲1発明とこの周知技術を組み合わせて,装置間の距離が所定範囲内であることに よって車載装置側のデータに携帯装置がアクセスしたり,携帯装置側のデータに車 載装置がアクセスすることを許可するように構成することは,当業者が適宜なし得ることであり,相違点1は容易想到である。
(3) 相違点2の判断の誤りについて ISO9798に記載のプロトコル等に従って「秘密を共有すること」は,周知技術であり,甲1発明においてこのような周知技術を採用することは,適宜なし得 る事項であり,格別のものではない。
ア 「ISO9798の相互認証手続」として「公開鍵暗号方式を用いた相 互認証方法」によって,共通鍵暗号による通信に使用される「セッション鍵」とい う「秘密」をA,B間で共有することは,ISO9798が国際規格であることか らしても,周知技術である(甲2)。
甲1発明においては,何らかの形で「秘密」であるF(x)を共有する必要があり,このために周知技術を単に付加することは,当業者が適宜なし得ることであ る。
イ 甲5においては,装置#Dを装置#Aが認証して初めて装置#Dに暗号化されて送信された「使用回数/期限付きで消滅するプログラムを内包させた#A 公開暗号キー」が,これらの間の暗号化通信に用いられるのであり,これが両装置 間の「秘密」であると解してよい。
ウ 審決は,甲1発明において甲5に開示された構成を採用することが容易 想到であると説示したわけではないのであり,甲1と甲5が「思想を異にする」としても審決の論旨が成り立たなくなるものではない。


■裁判所の判断
2 取消事由2(進歩性の存在)について 事案に鑑み,まず取消事由2から判断する。
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 審決は,「引用発明において,『車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,ドアの解錠指令の送出を決定する』とは,“車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,所定のサービスの実行を許可する” ことに他ならない」(7頁21~24行)として,「第1信号送信装置が,第2信号 送信装置に対して『所定のサービス』を実行すべきかを決定する方法」である点,「測定された距離が事前に規定された距離間隔の範囲にある場合に,前記第2信号送信装置への『所定のサービス』の実行を許可」する点を,本願発明と甲1発明の一致点と認定する。
 しかしながら,本願発明と甲1発明の一致点として,「所定のサービス」の実行を許可する点を認定するのは,次のとおり,誤りである。
(ア) 甲1発明は,「ドアの解錠指令の送出を決定する」ことを構成要素とするものであり,「『所定のサービスの実行を許可』する」ことという抽象化され,上位概念化された動作が甲1発明の構成要素であると評価することはできない。
a. 甲1には,「本発明は,自動車などのドアを遠隔から施錠したり解錠したりするのに利用されるキーレス・エントリーシステムに関するものである。」 (【0001】),「施解錠対象のドアは車両のドアに限らず,倉庫や家屋のドアなど他の適宜なものであってもよい。」(【0032】)との記載があり,甲1発明は,車両のドアに限定されないものの,ドアの施解錠に限定されたものであるといえる。 また,甲1には,「本発明の他の目的は,リモコン式のキーレス・エントリーシステムを安価な費用で距離検出式のキーレス・エントリーシステムに変更可能な新たな キーレス・エントリーシステムを提供することにある。」(【0008】),「本発明の実施の態様によれば,上記ドア側無線装置は,呼出し信号の送信の後に受信した応答信号が正当の場合には検出した距離が所定値未満であるか否かに応じて車両などのドアの解錠と施錠とに関する指令で変調した電波,光線又は超音波を送出するというリモコン式の施解錠部に対する中継ないしは変換機能を果たす。」(【0010】) との記載があるから,甲1発明において,ドアの解錠指令を送出する車両側無線装置は,リモコン式の施解錠部に対する中継又は変換機能を果たすものであって,その動作は,リモコン式のドアの施解錠に特有の処理というべきである。
 甲1には,「サービス」という文言自体記載されていない上,ドアの解錠指令の送出がドアの解錠に特有でない処理であって,より一般化された処理であることを示す記載は,存在しない。前記の甲1の【0032】の記載は,ドアの種類を一般化しているにすぎず,施解錠処理以外の処理を示唆するものではなく,これを根拠に,甲1発明が「所定のサービスの実行を許可する」という動作を構成要素とするものと,上位概念化して評価することは許されない。
b. 被告は,前記の「サービス」とは,「サービス要求と,それに対し,何らかの利便を提供する行為の総称」であると主張する。
 前記の定義は,その文言上,1. 第1の主体が,第2の主体に対し,何らかのサービスを要求する行為,2. 第2の主体が,第1の主体からの何らかのサービスの要求に対し,第1の主体又は第3の主体に対し,何らかの利便を提供する行為という,2種類の行為を含んでいる。
「サービス」は,「1.奉仕,2.給仕。接待。3.商売で値引きしたり,客の便宜を図ったりすること。4.物質的生産過程以外で機能する労働。用益。用務。5.(競技用語)サーブに同じ。」(広辞苑第6版)と解されているのであって,前記の行為のうち,「第2の主体が,」「第1の主体又は第3の主体に対し,何らかの利便を提供する行為」は,「サービス」と表現され得るが,「第1の主体が,第2の主体に対し,何らかのサービスを要求する行為」は,「サービス」と表現され得るとは考えられず,「サービス」を,前記の2種類の行為を一個の概念に包括する総称と定義することには,無理がある。
(イ) 仮に,被告の主張する「サービス」の定義を前提としても,甲1発明において,車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,「ドアの解錠指令の送出を決定」することが,「第2信号送信装置への『所定のサービスの実行を許可』する」ことには該当しない。
 甲1発明において,車両側無線装置が行うのは,1.ドアの解錠指令の送出を決定し,2.ドアの解錠指令を送出して,3.これを受光した車両の施解錠実行部をして,車両のドア用キーシリンダーを解錠させることである(甲1)。このうち,1.ドアの解錠指令の送出の決定は,車両側無線装置が他の装置に対して行う動作とは評価で きない。また,2.ドアの解錠指令の送出は,施解錠実行部に対して行われるものであると評価でき,車両側無線装置が携帯型無線装置に対して行う動作とは認められない。さらに,3.ドア用キーシリンダーの解錠は,施解錠実行部を介してドア用キーシリンダーに対して行われるものであると評価でき,いずれも,車両側無線装置 (本願発明の第1通信装置)が携帯型無線装置(本願発明の第2通信装置)に対して行う動作とは認められない。
 そうすると,これらの動作が「サービス要求」であるにしろ,「それに対し,何らかの利便を提供する行為」であるにしろ,「第2信号送信装置への」行為には該当しない。
 以上によれば,甲1発明において,車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,「ドアの解錠指令の送出を決定」することをもって,「第2信号送信装置への」「所定のサービスの実行」を許可するものとは評価できない。
イ (ア) 被告は,「本願発明と甲1発明とは,第1通信装置が認証により第2通信装置によるサービスの実行を許可する点において一致している。」と主張する。
 審決は,「第1信号送信装置が,第2信号送信装置に対して所定のサービスを実行すべきかを決定する方法」であって,一定の場合に,「前記第2信号送信装置への所定のサービスの実行を許可」する点を,本願発明と甲1発明の一致点と認定しているのであって,被告のいう「第2通信装置によるサービスの実行」の許可と,審決のいう「第2信号送信装置へのサービスの実行」の許可では,その文言上,前者は,第2通信装置が他の装置又は他者に対してサービスを実行することを第1通信装置が許可すること,後者は,第1信号送信装置が第2信号送信装置に対するサービス を実行することを許可すること,を意味すると解される点で違いがあるから,両者は一致するものではない。
 しかも,前記のとおり,車両側無線装置(本願発明の第1通信装置)に対する信号を送信後特段の動作を行わない携帯型無線装置(本願発明の第2通信装置)が, 所定のサービスを実行したと評価することはできない。
 したがって,被告の前記主張は,採用できない。
(イ)a 被告は,審決において,相違点1とされている,本願発明においては,「所定のサービスを実行すべきかを決定する」ことが,「第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータへの,第2通信装置によるアクセスの許可の決定」である点につき,この「アクセス」は,「アクセス要求と,それに対し,何らかの利便を与える行為の総称」であるとして,「第2通信装置による」「アクセス」とは,第2 通信装置を用いた「アクセス」を総称したものであって,「第2通信装置」への転送や複製を介在したアクセスには限定されておらず,「第2通信装置」による「アクセス」は,「第 1 通信装置」の側で実行される処理であってもかまわないから,甲1発 明が「第1通信装置」の側で実行される処理であることは,本願発明との相違点にならない旨主張する。
 ところで,「アクセス」とは,「1.情報に対する操作の総称。特にコンピュータで,記憶装置や周辺装置にデータの読み出しや書き込みをすること。2.交通手段の連絡」 (広辞苑第6版)と解されているのであって,情報を保管する記憶媒体を有する装置に対し,情報を送って記憶させることや,その記憶媒体に保管された情報の送信を受けることを意味するものと解される。 そして,本願発明における「アクセス」の主体と客体は,本願明細書に「第1通信装置に記憶されたデータが第2通信装置によってアクセスされるべきかを決定」する旨の記載がある(【0024】,【0025】)ことから,主体が第2通信装置,客体が「第1通信装置に記憶された」マルチメディア「データ」であると解される。 第2通信装置が,第1通信装置に対し,第1通信装置が記憶するマルチメディアデ ータの読み出しを命令し,第1通信装置がこれに応じて第2通信装置に前記データを送信するという一連の動作において,前記データを記憶している装置である第1通信装置が「アクセス」の客体,読み出しを求める側である第2通信装置が「アクセス」の主体とされるのは,前記の「アクセス」の文言上の解釈に沿う用法である。 そうすると,第2通信装置が主体であり,第1通信装置が客体である「第2通信装 置による」「アクセス」を,第2通信装置以外の主体が存在することを前提とする「第 2通信装置を用いた」「アクセス」を総称したものと読み替えることはできないし,「第1通信装置」の側のみで行われる処理を,「アクセス」と呼ぶことも不適当である。
 また,本願明細書(甲6)には,「デジタル・データの形のコンテンツを保護する一つの手段は,コンテンツが,受信装置が,準拠した装置であるとして認証された 場合と,コンテンツの使用者が,このコンテンツを他の装置に転送(移動,複製) する権利を有する場合と,にのみ転送されるということを保証することである。」 (【0005】),「隣人を訪ねている使用者が,彼が所有する映画を隣人の大きなテ レビ・スクリーンで鑑賞することは,可能であるべきである。・・・この映画のライ センス保持者(又はこのライセンス保持者が所有する装置)が,このテレビ・スク リーンの近くにあると証明され得る場合,容認され得る。」(【0008】)との記載 があり,これを前提に,前記のとおり,「第1通信装置に記憶されたデータが第2通 信装置によってアクセスされるべきかを決定」する旨の記載がある(【0024】, 【0025】)のであるから,ここでいう「アクセス」は,「映画のライセンス保持者が所有する装置」から「テレビ・スクリーン」への映画の送信を意味しているとしか解釈できない。そして,本願発明にいう「アクセス」が,第1通信装置から第 2通信装置へのコンテンツの送信に限定されず,第1通信装置が第2通信装置に向けて実行するものではない処理も含む,より一般化された概念であることを示す記載は,本願明細書中に存在しない。
以上によれば,「アクセス」の解釈についての被告の前記主張を採用することはできず,これを前提とする,「第2通信装置」による「アクセス」は,「第 1 通信装置」 の側で実行される処理であってもかまわないから,甲1発明が「第1通信装置」の 側で実行される処理であることは,本願発明との相違点にならない旨の主張も,採用できない。
b (a) 被告は,この点に関し,DVDに記録された映画を隣人宅のテレ ビで再生する場合,DVD再生装置と認証物件との間で距離測定がされるとき,認 証物件が第2通信装置であるから,「アクセス」を「第2通信装置」への転送や複製 を介在したアクセスの趣旨と解すると,これは,本願発明の実施態様に含まれない が,これをインターネットからPC等に記録された映画を隣人宅のテレビで再生す るときと技術的に区別する理由は見当たらない旨主張する。
(b) 被告の前記主張を検討するに,本願明細書(甲6)には,「隣人を訪 ねている使用者が,彼が所有する映画を隣人の大きなテレビ・スクリーンで鑑賞す ることは,可能であるべきである。一般的にコンテンツ所有者は,このことを許可しないであろうが,この映画のライセンス保持者(又はこのライセンス保持者が所有する装置)が,このテレビ・スクリーンの近くにあると証明され得る場合,容認され得る。」(【0008】),「本発明は,第1通信装置に記憶されたデータが第2通 信装置によってアクセスされるべきかを決定する方法に関し,当該方法は,第1通 信装置と第2通信装置との間の距離測定を実施し,前記測定された距離が既定の距 離区間の範囲内であるかを確認するステップを有し,ここでは,距離測定は,上記に従う認証型距離測定である。」(【0024】),「特定の実施例において,第1装置に記憶されたデータが第2装置によってアクセスされるべきであると決定される場 合,第1装置に記憶されたデータは,第2装置に送信される。」(【0025】),「本 発明は,第1通信装置に記憶されたデータが第2通信装置によってアクセスされる べきかを決定する方法に関し,当該方法は,第3通信装置と第2通信装置との間の おける距離測定を実施し,前記測定された距離が既定の距離区間の範囲内であるか を確認するステップを有し,ここでは,距離測定は,上記に従う認証型距離測定である。この実施例において,距離は,第2通信装置とデータが記憶される第1通信 装置との間の距離は測定されない。代わりに,距離は,第3通信装置がコンテンツの所有者の私的なものであり得るような,第3通信装置と第2通信装置との間にお いて測定される。」(【0026】),「データが記憶される計算機とその他の装置の間 の距離が測定される必要のないような特定の例において,当該その他の装置は,第 3装置,すなわち事前規定の距離の範囲内にあるコンテンツの所有者の私的なものである装置でもあり得る。(【0034】)との記載がある。
 また,甲6には,【請求項10】として,「第1通信装置に記憶されたデータが第 2通信装置によってアクセスされるべきかを決定する方法であって,当該方法は, 第3通信装置と前記第2通信との間の距離測定を実行し,当該測定された距離が事前規定された距離間隔の範囲内にあるかを確認するステップを有し,前記距離測定 が請求項1に記載の認証型距離測定である方法。」との記載があり,前記の第3通信 装置についての記載は,これを前提にしたものであると解される。
 以上によれば,本願明細書には,第1通信装置に記憶されたデータが第2通信装 置によってアクセスされるべきであるかを決定する方法として,1第1通信装置と 第2通信装置との間の距離測定が行われ,その結果が所定の距離の範囲内であれば, 第1通信装置から第2通信装置へとデータが送信される場合,及び,2第1通信装 置と第2通信装置との間の距離測定は行われず,第3通信装置と,第2通信装置と の間の距離測定が行われ,その結果が所定の距離の範囲内であれば,第1通信装置 から第2通信装置へとデータが送信される場合があることが記載されているといえる。
(c) しかしながら,前記の本願明細書の記載は,出願の当初の請求項 を前提にしたものであり,本願補正後の請求項は,いずれも,第1通信装置及び第 2通信装置の存在のみを前提としており,第3通信装置が存在し,第3通信装置と 第2通信装置との間の距離測定が行われることを前提としていない(乙2)。
 したがって,本願補正後の請求項は,前記1の場合のみを前提とするものであり, 前記2の場合を前提とするものではない。
 被告の前記主張は,「DVDに記録された映画を隣人宅のテレビで再生する場合」 に,DVD再生装置が第1通信装置であることを前提としているところ,「DVDに 記録された映画を隣人宅のテレビで再生する場合」,DVD再生装置が第1通信装 置であるならば,テレビが第2通信装置である。この場合において,DVD再生装 置及びテレビのほかに,認証物件が存在すると想定すると,本願補正後の請求項の 記載と合致しなくなる。
 したがって,被告の前記主張は,前提を欠き,採用できない。
(ウ) 被告は,甲 1 発明は,解錠以外のサービスにおいても用いることが可 能な内容を示していると主張するが,前記ア(ア)a及びbのとおりであって,甲 1 発 明は,飽くまで,キーレス・エントリーシステムに関する発明であり,そのような 抽象化され,上位概念化された内容の発明が記載されていると評価することは許されず,被告の前記主張は,採用できない。
ウ 以上のとおり,審決における一致点の認定には誤りがあり,取消事由2
にはその限度で理由があるが,上記一致点の誤認に関連する相違点1についての判 断も,以下,念のため検討することとする。

 

(2) 相違点1の判断の誤りについて
ア 審決は,「所定のサービスを実行すべきかを決定する」ことが,本願発明においては,第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータへの,第2通信装置 によるアクセスの許可の決定であるのに対し,甲1発明においては,車両側無線装置が搭載された車のドアの解錠の決定であるとして,1距離判定の処理と,ドアの 解錠指令の送出を決定する処理との間に一体不可分の関係は存在しておらず,距離 判定の処理の結果として許可される処理として,ドアの解錠指令の送出以外を設定 することは,当業者が適宜なし得る事項である,22つの装置が,所定の距離の範 囲内に存在するか否かを判定し,存在する場合に,所定のプログラム等へのアクセ スを許可するようなことは,周知技術である(甲3,4)から,甲1発明において, 距離判定の結果に基づき,車両のドアの解錠を行うことに換えて,車両内の記憶手 段に記憶されているマルチメディアデータ等の資源へのアクセスを携帯型無線装置に許可するといった構成を採用することは,当業者が適宜なし得る事項であるから, 相違点1は格別のものではないと判断する。
 しかしながら,前記(1)に判示した結果によれば,距離判定の処理に基づいて行わ れる動作は,本願発明においては,マルチメディアデータが,第 1 通信装置から第 2通信装置に送信されるのに対し,甲1発明においては,ドアの解錠指令が,車両 側無線装置から,携帯型無線装置ではなく,車両にある施解錠実行部に対して送出 される(甲1)点が,本願発明と甲1発明の相違点として認定されるべきであるか ら,この点の容易想到性について,以下,判断する。
イ (ア)a 甲3には,次の記載がある。
【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は,例えばクレジットカードなどのような所有者の電子化 された情報を取り引きする電子情報担体の不正使用防止システム及び不正使用防止方法に関す るものである。
【0010】 【発明が解決しようとする課題】従来の電子情報担体の不正使用防止システムは以上のように 構成されているので,端末位置検出手段120が測位する端末装置100の現在位置が,予め 登録しておいた取引許可エリア内にあるか否かに基づいてその使用の正当性をサーバ装置200が判定することから,クレジットカードなどのように世界中の地域(広範囲な領域)においても使用される可能性のある電子情報担体に適用することが困難であるという課題があった。
【0011】上記課題を具体的に説明すると,クレジットカードなどのような電子情報担体を 使用するための端末装置100は,広範囲な地域に存在するのが一般的である。このような端 末装置100の全てに対して取引許可エリアを設定するのは,かなりの労力を要する作業であ る。また,複数の端末装置100が近接した位置にあり,複数の取引許可エリアが重なってし まうような場合では,端末装置100の正確な位置確認を行うことが困難である。これにより, クレジットカードなどのような電子情報担体に対して上記従来のシステムを適用すると,認証 の信頼性が低下してしまう。
【0012】この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので,自己の位置を測 定する手段を設けた電子情報担体と,この電子情報担体の識別情報で特定される携帯通信端末 との位置関係情報から電子情報担体の使用が正当であるか否かを判定することで,クレジット カードなどのような電子情報担体に対しても有効に不正使用を防ぐことができる電子情報担体 の不正使用防止システム及び不正使用防止方法を得ることを目的とする。

【0017】この発明に係る電子情報担体の不正使用防止システムは,位置関係算出手段が電 子情報担体及び携帯通信端末から取得した各現在位置の測位情報を用いて,両者の位置関係情 報として現在の2点間距離を算出し,使用許可判定手段が,電子情報担体及び携帯通信端末の 各現在位置の測位情報から電子情報担体の使用を許可すべき2点間距離を算出し,これと位置 関係算出手段が算出した現在の2点間距離とを比較して,電子情報担体の使用許可を判定する ものである。
【0028】端末装置5はカード1のカード番号とカード1の現在位置の測位情報とを取得す ると,通信装置13が通信回線9を介してこれらの情報をカード会社のセンターに設置されて いるホストコンピュータ8に送信する(ステップST3)。・・・
【0029】ホストコンピュータ8内の通信装置12は,送信されてきたカード番号を受信す ると,直ちに制御装置11に送信する。制御装置11は上記カード番号からデータベース10 を検索し,このカード番号で一意に対応する携帯通信端末6の電話番号を取得する(ステップST4)。
【0030】制御装置11は,ステップST4にて携帯通信端末6の電話番号を取得すると, 通信装置12を用いてその電話番号をコールし,該携帯通信端末6に対して接続要求を行う(ス テップST5)。
【0032】ステップST7において,通信装置12が使用禁止要求を受信しなかった場合, 制御装置11が通信装置12を用いて携帯通信端末6の現在位置の測位情報を送信するよう要 求する。これにより,携帯通信端末6は,自己のGPS機能を使用して現在位置を測定し,得 られた測位情報をホストコンピュータ8に送信する(ステップST8)。・・・
【0033】このあと,ホストコンピュータ8の位置関係算出手段11aは,ステップST3 にて取得したカード1の現在位置の測位情報と,ステップST8にて取得した携帯通信端末6 の現在位置の測位情報とから,現在の位置関係情報としてカード1と携帯通信端末6との2点 間距離を算出する(ステップST9,位置関係算出ステップ)。
【0034】使用許可判定手段11bは,ステップST3,8にて取得したカード1及び携帯 通信端末6の現在位置の測位情報からカード1や携帯通信端末6の使用場所から誤差の大きさ などを考慮して正当な使用範囲(カード1の使用を許可すべき2点間距離)を決定し,位置関 係算出手段11aが算出した2点間距離がその範囲以内かどうかにより正当な使用か否かを判 別する(ステップST9,使用許可判定ステップ)。上記正当な使用範囲としては,例えば2点 間距離がおよそ1m以内であるものとする。
【0035】使用許可判定手段11bは,位置関係算出手段11aが算出した2点間距離から カード1の使用が正当であると判定した場合,通信装置12を用いて通信回線9を介してカー ド1の使用を許可する旨の信号を端末装置5に送信する。これによって,カード1の使用が可 能になる(ステップST10,使用許可判定ステップ)。
【0040】以上のように,この実施の形態1によれば,自己の位置を測定する手段を有する カード1から現在位置の測位情報とその識別情報であるカード番号とを取得し,このカード番 号で特定されて,自己の位置を測定する手段を有する携帯通信端末6から現在位置の測位情報 を取得して,各測位情報から両者の現在の位置関係情報を算出し,さらに,各測位情報から電子情報担体の使用を許可すべき位置関係情報を算出し,これと現在の両者の位置関係情報とを 比較して電子情報担体の使用許可を判定するので,暗証番号などの重要情報を通信回線を通し て授受することによる危険性をできるだけ最小限に押さえることができるとともに,不正な利 用者による「成りすまし」を排除することができる。また,Webにおける電子商取引きなど において,今後,益々利用されることが多くなるカード決済の安全性を強化することができる。
b 甲4及び甲4の2には,次の記載がある(なお,甲4の2は,甲4の訳文であり,【】書きの番号は,甲4の2の記載部分を示す。)。
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,多端末環境にあるコンピュータ端末装置を経由したコンピュータシステムへの無 許可アクセスを防止する方法に関する。
【0004】
この問題に対する改良された解決法は,ユーザ(トークン)がコンピュータサイトを離れた かどうかを自動的に検出し,総ての,または選ばれたコンピュータ資源へのどのようなアクセ スも自動的に不能にする近接センサに基づいている。近接センサは,RF,IR,音,超音波な どの無接触の通信技術を使用する。近接センサを使用する従来技術のシステムはユーザにとっ ては便利であるが,特に,それらのシステムは複製することができるから,無許可アクセスに 対して高度なセキュリティを提供しないので,さらにシステムがユーザ(トークン)と所定の ワークステーションとを対にし適応性が低いために,深刻な欠点がある。・・・
【0005】 しかし,従来技術は,現在の作業環境にある実際的な問題を解決することができなかった。
この問題は,作業環境に複数のユーザが存在し,そのユーザの全部または一部の者が異なるア クセス権を持つ可能性があり,さらにユーザがお互いに影響を及ぼす可能性があることから生 じている。そのような状況を図1(省略)に模式図で示す。いくつかの分離したワークステーションを含む標準的な作業域を図に示す。「トークン」(・・・)で示される複数のユーザは,そ の環境内を移動する。この例示的な図で,いくつかの異なる状況が見られる。すなわち,a)作 業域に入ったり出たりするユーザ,b)単一ユーザの存在を検出する2台のワークステーショ ン,c)1つのワークステーションから他のワークステーションに移動する一人のユーザ,及 び,d)1つのワークステーションのそばにいる二人のユーザである。毎日の生活でよくある その他のもっと複雑な状況がもちろん考えられるが,図1の例示的な例から,マルチユーザ環 境の状況は,隔離された単一ユーザ環境と実質的に異なり,はるかに複雑であることが理解で きる。
【0011】 「存在信号」は,正当なトークンがワークステーションの近くにまだいること,すなわち,
システムのセットアップで許された最大距離内に未だいることをシステムに表示する信号を示 す意図である。
【0020】
また,本発明は,複数のユーザが1つまたは複数のワークステーションへのアクセス権を独 立に得る必要があるマルチユーザシステムにあるワークステーションへのユーザによる連続し たアクセスであって,ユーザがアクセス権を得たワークステーションから所定の最大距離にユ ーザがいることを条件とする連続したアクセスを提供するシステムであって,
A データ受取り手段及びデータ伝送手段をそれぞれ備える複数のアクセストークンと,
B データ列を含む所定の信号を生成し,かつ,前記データ伝送手段を経由して予め設定され た時間間隔で前記所定の信号を伝送する手段と,
C 各トークンに備えられる各トークンに固有の個人識別データと,
D 前記ワークステーションから予め設定された最大距離内にあるトークンによって伝送され た信号を受け取るために,各ワークステーションに結合されたデータ伝送感知手段と,
E トークンの識別情報と,1つまたは複数のワークステーションへのトークンの近接とを表 すデータを受け取り格納するために,前記データ伝送感知手段に接続されたマッピング手段と, F トークン識別データと特定のワークステーションに固有で特徴的な同期信号とを含む信号を伝送するために,各ワークステーションに結合されたデータ伝送手段と,
G 前記トークン識別データをも含む信号に含まれた同期信号のみを格納するために,各トー クンに設けられた論理手段と,
H 前記トークンが受け取った上記ステップ(F)の条件を満たす信号ごとに,前記特定のワ ークステーションの同期信号により変調された前記トークン識別番号からなる存在信号を前記 トークンから伝送する手段と,
I 前記同期信号が参照するワークステーションの前記データ伝送感知手段により前記存在信 号が受け取られたときに,任意にパスワードまたはPINをさらに入力することにより,前記 ワークステーションへのユーザのアクセスを可能にする手段と,
J 前記ワークステーションにより前記存在信号が受け取られることを周期的に検査する手段 と,
K 所定の期間の後に前記存在信号が受け取られない場合は,前記ワークステーション及び/ またはその選ばれた資源へのアクセスを禁ずる手段と, を備えているシステムに向けられる。
(イ)a 前記(ア)aによれば,甲3には,電子情報担体の不正使用防止システ ムとして(【0001】),電子情報担体(カード)及び携帯通信端末の2点間距離を 算出し,電子情報担体(カード)の使用を許可すべき2点間距離と比較して,電子 情報担体(カード)の使用許可を判定するものが記載されているといえる(【0017】)。
前記システムにおいては,端末装置5は,カード1のカード番号とカード1の現 在位置の測位情報とを取得すると,通信装置13が通信回線9を介してこれらの情 報をカード会社のセンターに設置されているホストコンピュータ8に送信し(【0 028】),ホストコンピュータ8内の制御装置11は,前記カード番号からデータ ベース10を検索し,このカード番号で一意に対応する携帯通信端末6の電話番号 を取得し(【0029】),制御装置11は,通信装置12を用いてその電話番号をコールし,該携帯通信端末6に対して接続要求を行い(【0030】),制御装置11が 通信装置12を用いて携帯通信端末6の現在位置の測位情報を送信するよう要求し, 携帯通信端末6は,自己のGPS機能を使用して現在位置を測定し,得られた測位 情報をホストコンピュータ8に送信し(【0032】),ホストコンピュータ8の位置 関係算出手段11aは,カード1の現在位置の測位情報と,携帯通信端末6の現在 位置の測位情報とから,カード1と携帯通信端末6との2点間距離を算出し(【0033】),ホストコンピュータ8の使用許可判定手段11bは,誤差の大きさなどを 考慮して正当な使用範囲を決定し,位置関係算出手段11aが算出した2点間距離 がその範囲以内かどうかにより正当な使用か否かを判別し(【0034】),使用許可 判定手段11bは,2点間距離からカード1の使用が正当であると判定した場合, 通信装置12を用いてカード1の使用を許可する旨の信号を端末装置5に送信し, これによって,カード1の使用が可能になる(【0035】)。
b 前記(ア)bによれば,甲4には,多端末環境にあるコンピュータ端末 装置を経由したコンピュータシステムへの無許可アクセスを防止する方法として (【0001】),トークンを用いてワークステーションへのユーザのアクセスの可 否を判断することが記載されているといえる(【0020】。トークンの位置は,ユ ーザの位置と同一視されるものである(【0004】,【0005】)。甲4には,マル チユーザシステムにおけるワークステーションに対し,アクセス権を得たユーザに, 連続したアクセスを提供するために,ユーザ(トークン)がワークステーションか ら所定の距離以内に居続けることを要するシステムとして,各ワークステーション から,トークン識別データと当該ワークステーションに固有で特徴的な同期信号と を含む信号が送信され,当該信号を受信したトークンは,前記ワークステーション の同期信号により変調された前記トークン識別番号からなる存在信号を送信し,前 記存在信号は,正当なトークンが前記ワークステーションの近くにまだ居ることを システムに示す信号であって,前記ワークステーションのデータ伝送感知手段が前 記存在信号を受信したかを周期的に検査し,前記同期信号が参照するワークステーションのデータ伝送感知手段により前記存在信号が受け取られたときに,前記ワー クステーションへのユーザのアクセスを可能にし,所定の期間の後に前記存在信号 が受け取られない場合は,前記ワークステーション又はそのワークステーションの 資源へのアクセスを禁ずるものであり,前記データ伝送感知手段は,前記ワークス テーションからあらかじめ設定された最大距離内にあるトークンによって伝送され た信号を受け取るためのものである(【0020】)。
(ウ)a 前記(イ)aによれば,甲3には,カードと携帯通信端末の間の距離を 測定し,その距離が所定の範囲内の場合に,ホストコンピュータが,カードの使用 を許可することが記載されているといえ,カードの使用が許可された場合に,カー ドに記憶されているマルチメディアデータを携帯通信端末に送信したり,携帯通信 端末に記憶されているマルチメディアデータをカードに送信することは,記載され ていない。
b 前記(イ)bによれば,甲4には,トークンが発する信号をワークステ ーションが受信できる場合に,トークンがワークステーションのデータ伝送感知手 段で受信できる距離の範囲内にあるとして,ユーザ(トークン)にワークステーシ ョンへのアクセスを許可することが記載されているといえ,トークンに記憶されて いるマルチメディアデータをワークステーションに送信したり,ワークステーショ ンに記憶されているマルチメディアデータをトークンに送信することは,記載され ていない。
c 前記a及びbによれば,コンピュータシステムの不正使用防止の技 術分野において,装置Aの記憶媒体に記憶されている情報を,特定の者に利用させ る場合につき,当該特定の者が装置Bを携行することを前提に,装置Aと装置Bと の間の距離測定を行い,その距離が所定の範囲内であるときに限り,装置Bの所持 者に当該情報を利用させることは,本願優先日には周知技術であったと認められる。
ウ(ア) 甲1発明は,前記(1)のとおり,車両側無線装置と携帯型無線装置との 間の距離を測定し,所定の間隔の範囲内である場合に,車両側無線装置が車両の施解錠実行部に解錠指令を送出するキーレス・エントリーシステムである。 一方,甲3は,前記イ(ウ)aのとおり,携帯通信端末とカードとの距離に応じてカ ードの使用を許可するシステムであって,ここでのカードの使用とは,クレジット カードの情報を用いる電子商取引,すなわち,情報処理である。また,甲4は,同 bのとおり,多端末環境でのユーザのワークステーションへのアクセスを許可する システムであり,ここでのワークステーションへのアクセスは,当然に情報処理を 目的としている。つまり,甲3及び4に記載された技術は,情報処理システムに対 する不正使用防止の技術であるのに対し,甲1発明は,ドアの解錠システムという,
情報処理システムではないシステムに対する不正使用防止の技術であって,両者は, その前提とするシステムが相違しており,技術分野が異なる。
(イ) しかも,装置Aの記憶媒体に記憶されている情報を,特定の者に利用 させる場合につき,当該特定の者に装置Bを携行させ,装置Aと装置Bとの間の距 離測定を行い,その距離が所定の範囲内であるときに限り,装置Bの所持者に当該 情報を利用させるという周知技術を,甲1発明に適用したとしても,距離測定後に, 距離測定の対象である装置の一方から他方へ,当該一方の装置が記憶しているマル チメディアデータを,他方の装置に送信するという構成に至るものではない。
(ウ) したがって,当業者が,甲1発明と甲3又は4に記載された周知技術 を組み合わせることは,容易とはいえず,仮に組み合わせたとしても,本願発明を 発明することができたとはいえない。
エ(ア)a 被告は,2つの装置間の距離が所定範囲内であることを判定するこ とにより,所定のプログラム若しくはデータ又は装置へのアクセスを許可すること は,周知技術であり(甲3,4),「データ」を「マルチメディアデータ」を含むも のとすることは文献を示すまでもない事項であり,甲1発明には,解錠以外のサー ビスは明記されていないが,自動車のオーディオやカーナビゲーションシステムの 動作も含まれ得る(乙7)から,甲1発明において,ドアの解錠指令の送出に換え て,車両内に記憶されたマルチメディアデータへのアクセスを許可するように構成することは,当業者が適宜なし得ることである旨主張する。 しかしながら,前記(1)ア(ア)aのとおり,甲1には,甲1に記載されたキーレス・
エントリーシステムを,ドアの施解錠以外に適用することについての記載はなく, 示唆もない。また,甲1には,距離測定後に,車両側無線装置が,その記憶してい るマルチメディアデータを,携帯型無線装置に送信することについて,記載がなく, 示唆もない。
 そうすると,当業者は,上記の乙7を参照したとしても,車両側無線装置が,携 帯型無線装置からの応答信号に基づいて装置間の距離を測定し,事前に規定された 距離間隔の範囲内にある場合に解錠指令を送出する引用発明において,距離の測定 等を前提としないオーディオの操作等の動作が含まれるものと解することは困難で あるし,まして,通常,ドアの施解錠とは無関係のマルチメディアデータへのアク セスという動作を,容易に想到できるとは到底いえない。
 なお,乙7には,携帯機と,制御対象を含む物に搭載,付設,又は,接続され, 前記携帯機との間で無線通信を行って,所定の携帯機であることを照合確認した上 で,制御対象の所定の動作を実現するための制御処理を実行する本体機とを有する 制御装置(【0005】)につき,車両などの乗物のほか,機械,機器,建造物又は 設備を制御対象とすること,制御対象の所定の動作として,車両ドアの施解錠動作 のほか,乗り物の搭載物や付帯物の動作や起動又は起動の許可設定などがあり得る こと,乗物の搭載物や付帯物としては,エンジンやモータ等の駆動源,トランスミ ッションなどの駆動機構,エアコン,オーディオ,ナビゲーションシステム,照明 等があり得ること(【0007】)が記載されている。
 しかしながら,乙7には,「消費電力が少なく,防犯性が高く,使用者の利便性も 高い制御装置を提供すること」が課題であって(【0004】),本体機は,リクエス ト信号を常時又は間欠的に無線送信し,携帯機は,本体機から無線送信されるリク エストを受信すると,当該携帯機にあらかじめ登録された制御用認証コードを含む アンサー信号を無線送信し,当該本体機は,前記アンサー信号を受信すると,それに含まれる制御用認証コードが,当該本体機にあらかじめ登録された制御用認証コ ードに対応しているか否かを判定し,この判定結果が肯定的であれば,制御対象の 所定の動作が行われること(【0005】,【0007】),使用者が車両近くに行き乗 り込むまでに,車両又は車両搭載物の盗難の危険性があることにつき,通信可能範 囲を狭くして抑制することは,遠隔操作の利便性が悪化する弊害があり,解決にな らないこと(【0004】)が記載されているのであって,携帯機と本体機との間の 距離測定により,両装置の距離が所定範囲内であることを判定して,制御対象の所 定の動作が行われるようにすることについては,示唆はない。
 したがって,被告の前記主張は,採用できない。
b 被告は,この点,車とユーザ(携帯無線装置)との間の距離が一定の数値未満である場合を正当なものとする「ポリシー」と,ドアの解錠指令の送出 を決定する「メカニズム」は,必ずしも一体不可分なものとして検討される必要は なく,ドライバーが車から離れている場合に解錠されることによって問題が生じな いようにする必要があることは,甲1発明において,「解錠指令の送出」に換えて他 の「メカニズム」を採用できない理由にならない旨主張する。
 しかしながら,前記ウ(イ)のとおり,仮に,甲1発明と甲3又は4に記載された周 知技術を組み合わせても,距離測定後,距離測定の対象である装置の一方が記憶し ているマルチメディアデータを他方の装置に送信するという構成,すなわち,本願 発明の構成にはならないのであって,このことは,被告の主張する「ポリシー」と 「メカニズム」を一体不可分なものとして検討するか否かによって,結論を異にす るものではない。
 したがって,被告の前記主張は,採用できない。
(イ)a なお,被告は,キーレス・エントリーシステムにおいて,車載装置と携帯装置との間でデータを送受信し,車載装置側のデータに携帯装置がアクセス したり,携帯装置側のデータに車載装置がアクセスすることは,周知技術であり(乙 8,9),甲1発明と,この周知技術を組み合わせて,装置間の距離が所定範囲内であることによって,車載装置側のデータに携帯装置がアクセスしたり,携帯装置側 のデータに車載装置がアクセスすることを許可するように構成することは,当業者 が適宜なし得ることであるとも主張する。
b(a) 乙8には,次の記載がある。
【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,車両のキーレスエントリー装置に関する。 【0004】本発明は,前記従来の問題点に鑑みてなされたもので,情報を書き込み読み出し が可能な車両キーレスエントリー装置を提供することを課題とする。 【0012】図1(省略)は,本発明の第1実施形態にかかる車両キーレスエントリー装置を 示す。この車両キーレスエントリー装置は,リモートユニット1と車両側ユニット2とからな る。リモートユニット1は,第1コイルアンテナ3,第1制御回路4,電池5,送信機6,第 1送受信回路7および第1メモリ8を有する。 【0014】図1に示すように,前記車両側ユニット2は,第2コイルアンテナ9,該第2コ イルアンテナ9に電力を供給しリモートユニット1起動用電磁波を送信させる給電回路10, 受信機11,第2制御回路12,車両のドアを施解錠するドアロック装置を駆動するドアロッ ク装置駆動回路13,車内人体検知センサ14,自動施錠タイマ15,タイマ16,第2送受 信回路17および第2メモリ18を有する。
【0015】前記第2コイルアンテナ9は,図2(省略)に示すように,ドアハンドルモジュ ール内に設けられ,前記給電回路10により電力を供給されLF(125khz)の磁界を発 生する。この磁界の到達距離は,約1~1.5mである。前記受信機11は,前記送信機6か らのIDコード信号を受信するものであり,公知のイモビライザ機能を有するキーエスエント リーシステムに用いられ,車両のイグニッションスイッチモジュール(不図示)に設けられる 一般的な受信機11である。前記車内人体検知センサ14は,運転席への着座を検知する一般 的なシートスイッチやシートベルトの着脱を検知するシートベルトスイッチ,赤外線の反射を 利用した一般的な人体検知センサであればよい。前記第2メモリ18は,通信制御回路19に 接続され,ナビゲーションシステム20や各種コントロールユニットに対する情報を記憶する ようになっている。
【0018】リモートユニット11に設けられる前記第1制御回路4は,図4(省略)のフローチャートに示すように,ステップ101において,リモートユニット1内の第1コイルアン テナ3において第1,第2起動用電磁波を受信したか否かを判断する。これらの起動用電磁波 を受信したと判断したならば,ステップ102において,マイコン動作を開始し,ステップ103において,送信機6を介してIDコードを送信させる。送信が終了すると,ステップ104において,マイコン動作を停止する。
【0019】車両側に設けられる前記第2制御回路12は,図5(省略)のフローチャートに 示すように,ステップ201において,車両のドアが閉状態にあるか否かを判断する。閉状態 でないならば,リターンする。閉状態であるならば,ステップ202において,車両のドアの ロックが施錠状態にあるか否かを判断する。施錠状態であるならば,ステップ203において, 車両側に設けられた給電回路10により電力を供給された第2コイルアンテナ9からLF(1 25khz)の磁界(磁界範囲は,第2コイルアンテナ9から約1~1.5m)を発生させ,第 1起動用電磁波を送信し,ステップ204において,その第1起動用電磁波送信を停止する。
【0021】そして,ステップ205において,IDコードを受信したと判断したならば,ス テップ207において,受信したIDコードと車両側にあらかじめ登録されている登録IDコ ードとが一致しているか否かを判断する。一致していないと判断すれば,リターンする。一致 していると判断すれば,ステップ208において,車両のドアロックを解錠し,ステップ20 9において,自動施錠タイマ15を作動させ,リターンする。
【0026】これにより,図3(A)(省略)に示すように,リモートユニット1を所持した運 転者が,車両に近づき,車両側ユニット2の第2コイルアンテナ9から約1~1.5m内の前 記磁界の範囲に入ると,リモートユニット1の第1コイルアンテナ3において電磁誘導が発生 し,第1制御回路4に電流が流れる。第1制御回路4は,これに基づき,第1コイルアンテナ 3からの電流を第1制御回路4が起動する起動信号として受け,これを受けて初めて送信機6 を作動させる。送信機6の作動後,リモートユニット1の電池5は,第1制御回路4が第1コ イルアンテナ3からの電流を受けることを待機するのに必要な待機電力だけに使用されるので, 電池5の消耗を低減できる。また,図3(B)(省略)に示すように,運転者がリモートユニッ ト1を所持して降車し車両から離れるときや,車両のドアを開けたが乗車せずに車両のドアを 閉め車両から離れるなどのときには,リモートユニット1が車両から一定距離離れかつ車両のドアが解錠されてから所定の時間が経過した場合のみに,ドアのロック装置を施錠するように したので,ロック装置の無駄な動作を低減できる。また,第1コイルアンテナ3が第2コイル アンテナ9に対して一定距離にあるときに,送信機6を作動し所定の信号を送信させ常時は信 号を送信していないため,所定の信号をコピーされ難くセキュリティー性が高く,盗難防止を 図れるものである。
【0027】以上のようなキーレスエントリー動作に加え,本実施形態のキーレスエントリー 装置は,次の付加機能を有する。すなわち,車両の故障箇所やエンジンオイルの内容量,バッ テリーの交換時期などの各種コントロールユニットからの情報を,通信制御回路19を介して 車両内において第2メモリ18に記憶し,その記憶された情報を第2送受信回路17から第1 送受信回路7に送信し,第1メモリ8に記憶させることができる。このためユーザは,リモー トユニット1を車両から持ち出し,家庭やディーラなどの車両以外の場所において,リモート ユニット1を読み出し装置(不図示)に接続し,第1メモリ8に記憶されている情報をパソコ ンなどで情報処理し,どの部品が交換必要か等の情報を得ることができる。
【0028】また,家庭などの場所において,ナビゲーションシステムの目的地またはルート 情報などを,リモートユニット1の第1メモリ8に記憶し,ユーザが車両に乗車したとき第1 メモリ8に記憶された情報を第1送受信回路7から第2送受信回路17に送信し,その情報を 第2メモリ18に記憶した後,通信制御回路19を介して車両内のナビゲーションシステム2 0で自動的に目的地の設定やルート設定などをすることができる。

(b) 乙9には,次の記載がある。
【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,自動車等の車両に対するロック・アンロックを,キーシ リンダに対するキー操作無しで行うことが可能なキーレスエントリ装置及びその情報通信方法 及びキーレスエントリ用携帯機及びキーレスエントリ用車載機に関する。 【0007】即ち,携帯機に設けられた送受信機と,車載機に設けられた送受信機とにより構成される第1通信ライン(無線または赤外線)を介して所定の制御情報を送受信することによ り,該車載機がドアロック機構のロック・アンロック動作を制御するキーレスエントリ装置で あって,前記携帯機と前記車載機とは,前記所定の制御情報とは異なる任意の情報(例えば, 音楽データ等)を,前記第1通信ラインを介して送受信する情報通信制御手段をそれぞれ備え ることを特徴とする。
【0028】上記のシステム構成を有する本実施形態に係るキーレスエントリ装置において, 携帯機1と車載機2とは,無線信号または赤外線信号を用いて第1通信ラインを確立し,その 第1通信ラインによってドアロック動作を実現する制御情報と,音楽データや地図データ等の 任意情報とを送受信する。
【0029】また,携帯機1と車載機2とは,第1通信ラインによる情報通信ができないとき, 或いは携帯機1の操作者が操作スイッチ(後述する第2データ送信スイッチ124)によって 選択したときに,数十m程度の範囲内の通信に採用して好適な所定の近距離無線通信方式(例 えば,Bluetooth 等)に基づく無線信号を用いて第2通信ラインを確立し,その第2通信ライン によって少なくとも上記の任意情報を送受信する。
【0030】携帯機1が車載機2に伝送する任意情報は,情報機器4から無線信号によって入 手した情報であり,車載機2が携帯機1に伝送する任意情報は,ナビゲーションユニット28, オーディオユニット29,或いは故障診断ユニット30から受信した情報である。
【0045】ここで,本実施形態の主な特徴を概説する。携帯機1に設けられたキーレス送受 信機15と,車載機2に設けられたキーレス送受信機22とは,無線または赤外線を用いて構 成される第1通信ラインを介して所定のロック制御情報を送受信することにより,車載機2が ドアロック機構のロック・アンロック動作を制御すると共に,当該所定のロック制御情報が送 受信されていない期間を利用して,そのロック制御情報とは異なる任意情報(音楽データや地 図データ等)を,当該第1通信ラインを介して,携帯機1から車載機2に,または車載機2か ら携帯機1に転送する。また,少なくとも当該任意情報の送信に使用する通信ラインに関して は,携帯機1に設けられた第1または第2データ送信スイッチ123,124の操作者による 選択,または後述する制御処理による自動的な切り替えにより,第1または第2通信ラインの何れかが選択される。
【0046】尚、本実施形態において、携帯機1と車載機2とによって実現されるドアロック 制御動作は、携帯機1を操作する操作者が、アンロックスイッチ121またはロックスイッチ 122を操作するのに応じて、車載機2のドアロックアクチュエータ27が作動すると共に、 所定時間周期毎に車載機1から自動的に送出されるアンロック要求信号を車載機2にて受信し たときにその受信電界強度が所定の電界強度L1より大きいときに、車載機2のドアロックア クチュエータ27が自動的に作動する構成を採用するが、この構成に限られるものではなく、 例えば、アンロック信号の受信電界強度に応じた自動的なロック・アンロック動作は備えない 装置構成であっても良い。
【0090】尚,送受信する任意情報が著作権保護の観点から問題ない情報である場合に限ら れるが,上述した所定のドアロック制御信号が携帯機1と車載機2との間で送受信されるとき にその制御信号に含まれるべき固体識別情報(セキュリティ情報)は,上述した携帯機データ 通信処理(図7(省略))及び車載機データ通信処理(図8(省略))においては一致しなくて も,携帯機1と車載機2との間の任意情報の送受信は許容することにより,任意情報の情報伝 送を,効率(使い勝手)良く行うことができ,携帯機1と同じ装置構造を備える端末を複数用 意すれば,それら複数の携帯機1同士で,任意情報の共有を容易に行うことができる。
c(a) 前記b(a)によれば,乙8には,キーレスエントリー装置につき (【0001】),車両側ユニット2は第2コイルアンテナ9から磁界範囲1~1.5 mの磁界を発生させて第1起動用電磁波を送信し,リモートユニット1を所持した 運転者が前記磁界の範囲に入るとリモートユニット1の第1コイルアンテナ3にお いて電磁誘導が発生し,これに基づき,リモートユニット1の送信機6が作動し(【0 012】,【0014】,【0015】,【0019】,【0026】),送信機6を介して IDコードを送信し(【0018】),車両側ユニット2の受信機11が前記IDコー ドを受信したならば,前記IDコードと登録IDコードとが一致しているか否かを 判断し,一致している場合には,車両のドアロックを解錠する(【0015】,【0021】)ように構成されたキーレスエントリー装置において(【0001】),付加機 能として,車両の故障箇所やエンジンオイルの内容量,バッテリーの交換時期など の各種コントロールユニットからの情報を,車両側ユニット2の第2送受信回路1 7からリモートユニット1の第1送受信回路7に送信してリモートユニット1の第 1メモリ8に記憶させ,リモートユニット1を車両から持ち出し,家庭やディーラ などの車両以外の場所において,リモートユニット1を読み出し装置に接続し,前 記の記憶された情報をパソコンなどで情報処理すること(【0012】,【0014】, 【0027】),また,家庭などの場所において,ナビゲーションシステムの目的地 又はルート情報などを,リモートユニット1の第 1 メモリ8に記憶し,ユーザが車 両に乗車したとき,第1メモリ8に記憶された情報を,第1送受信回路7から車両 側ユニット2の第2送受信回路17に送信し,その情報を車両側ユニット2の第2 メモリ18に記憶させ,通信制御回路19を介して車両内のナビゲーションシステ ム20で自動的に目的地の設定やルート設定などをすること(【0014】,【0028】)が記載されている。
(b) 前記b(b)によれば,乙9には,携帯機1と車載機2とが,無線信 号又は赤外線信号を用いて第1通信ラインを確立し,その第1通信ラインを介して 所定の制御情報を送受信することにより,車載機がドアロック動作を実現するキー レスエントリ装置において(【0001】,【0007】),前記第1通信ラインによっ て,携帯機1から車載機2に,又は,車載機2からが携帯機1に,音楽データや, 地図データ等(車載機2から携帯機1への伝送のときは,ナビゲーションユニット 28,オーディオユニット29,又は故障診断ユニット30から受信した情報)を 伝送し,第1通信ラインによる情報通信ができないとき,又は,携帯機1の操作者 が操作スイッチによって選択したときに,数十m程度の範囲内の通信に採用して好 適な所定の近距離無線通信方式(例えば,Bluetooth 等)に基づく無線信号を用いて 第2通信ラインを確立し,その第2通信ラインによって,少なくとも上記のナビゲ ーションユニット,オーディオユニット,又は,故障診断ユニットから受信した情報を送受信すること(【0007】,【0028】~【0030】),前記の情報が著作 権保護の観点から問題ない情報である場合には,ドアロック制御信号が携帯機1と 車載機2との間で送受信されるときにその制御信号に含まれるべき固体識別情報 (セキュリティ情報)が一致しなくても,携帯機1と車載機2との間の前記の情報 の送受信を許容することができること(【0090】)が記載されている。
d(a) 前記c(a)によれば,乙8には,車両のキーレスエントリー装置の 付加機能として,車両の故障箇所やエンジンオイルの内容量,バッテリーの交換時 期などの各種コントロールユニットからの情報を,車両側ユニット2からリモート ユニット1に送信し,車両からリモートユニット1を持ち出して,それを読み出し 装置に接続して読み出すこと,車両から持ち出したリモートユニット1にナビゲー ションシステムに読み込むべき情報を記憶させ,これをユーザが車両に乗車したと きに車両側ユニット2に送信して記憶させ,車両内のナビゲーションシステムに読 み込むことが記載されているところ,乙8には,車両側ユニットとリモートユニッ トとの間の情報の送信が,車両側ユニットとリモートユニットとの間の距離測定に 基づいて行われることにつき,記載も,示唆もない。
 確かに,前記のとおり,前記送信が行われるのは,リモートユニットが車両にあ るとき,又は,ユーザが車両に乗車したときと記載されているが,これは,車両側 ユニットの第2コイルアンテナの磁界の到達距離が,約1~1.5メートルであり (乙8【0014】,【0015】),リモートユニットが前記磁界の範囲に入ると, リモートユニットの第1制御回路が起動し,送信機が作動する(同【0026】)こ とから,必然的に,前記磁界の範囲内にリモートユニットがないと,リモートユニ ットは起動用電磁波を受信したと判断できず,リモートユニットからのIDコード の送信もできず,解錠もできず(同【0018】,【0021】),各種コントロール ユニットからの情報等の送受信もできないことによるものである。
しかも,乙8には,車両の故障箇所やエンジンオイルの内容量,バッテリーの交 換時期などの各種コントロールユニットからの情報及びナビゲーションシステムに読み込むべき情報の送信が記載されているのであって,映画を含むマルチメディア データの送信についての記載はない。
(b) 前記c(b)のとおり,乙9には,車両のキーレスエントリ装置にお いて,ドアロックの制御情報を送受信する無線信号又は赤外線信号を用いて確立さ れる第1通信ライン,又は,数十m程度の範囲内の通信に好適な所定の近距離無線 通信方式に基づく無線信号を用いて確立される第2通信ラインによって,携帯機1 から車載機2に,又は,車載機2から携帯機1に,音楽データや地図データ等を伝 送することが記載されているところ,乙9には,車載機と携帯機との間の情報の送 信が,車載機と携帯機との間の距離測定に基づいて行われることにつき,記載も,示唆もない。
 乙9には,第2通信ラインについて,数十m程度の範囲内の通信に好適な近距離 無線通信方式を用いるとの記載がある(【0029】)ものの,これは,車載機と携 帯機との距離が数十mの範囲内であることを測定し,認証することを記載したもの ではなく,近距離無線通信方式の持つ性質を述べたものにすぎない。
 しかも,乙9には,車両におけるキーレス・エントリーシステムの付加機能とし てのナビゲーションユニット,オーディオユニット,又は,故障診断ユニットから の情報と,これらのユニットに読み込むべき情報の送信について記載されているの であって,送信の対象に音楽データ等が含まれるとしても,映画を含むマルチメディアデータについて記載はない。
(c) 以上によれば,乙8及び9は,甲1発明と同様のキーレス・エントリーシステムに関するものであり,車両側無線装置と携帯型無線装置との間で, 車両に関する情報や音楽データ等を送受信する技術を周知のものとして開示してい ると認められるが,車両側無線装置と携帯型無線装置との間の距離測定を行い,前 記距離が所定範囲内である場合に,車両側無線装置から携帯型無線装置へマルチメディアデータを送信することは開示されておらず,したがって,距離判定の処理に 基づいて行われる動作として,車両側無線装置から携帯型無線装置へマルチメディアデータを送信することが,周知技術であるとも認められない。 そうすると,甲1発明について,乙8及び9に記載の周知技術を適用したとしても,前記ア記載の本願発明との相違点に係る構成に至るものではない。 (ウ) したがって,前記被告の主張は,いずれも採用できない。
オ まとめ
以上のとおり,甲1発明において,距離判定の結果に基づき,車両のドアの解錠を行う構成に換えて,マルチメディアデータの転送を行う構成を採用することは, 当業者が容易になし得ることではなく,相違点1は格別のものではないと判断した 審決には,誤りがあるから,取消事由2には,理由がある。


第6 結論
以上の次第で,審決は,進歩性の有無の判断に誤りがある(取消事由2)から,その余の取消事由2及び取消事由1について判断するまでもなく,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 清水節

 

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【参考】引用文献の記載

※ 以下のように、本件の引用文献(甲1)は、ドア以外への適用を示唆する記載が見受けられず、特許庁の主張はやや無理があり、後知恵を疑われても仕方がない事案であったと思われる。

 

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、自動車などのドアを遠隔から施錠したり解錠したりするのに利用されるキーレス・エントリーシステムに関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、キーを使わずに自動車のドアを遠隔から施錠したり解錠したりするためのキーレス・エントリーシステムが種々知られている。例えば、特開平 2ー164988号公報には、車両から離れた位置にある携帯型の送信器から施錠や解錠指令で変調した赤外線を車両側の受信器に送信し、施錠や解錠を行わせるといういわゆるリモコン (遠隔制御) 式の車両用キーレス・エントリーシステムが開示されている。また、赤外線などの光線のかわりに電波や超音波などの音波を利用するリモコン式のキーレス・エントリーシステムも知られている。
【0003】一方、特開平 3ー148352号公報には、車両から離れた位置にある携帯型の送信器を用いてマイクロ波を車両側の受信器に送信し、受信側ではこのマイクロ波の伝播時間から携帯型の送信器までの距離を測定し、この距離が所定値以上であるか未満であるかに応じて自動的に施錠や解錠を行わせるいわゆる距離検出式の車両用キーレス・エントリーシステムが開示されている。
【0004】さらに、特開平63ー40073 号公報には、携帯型の無線送信器から受信した電波の強度に基づきこの携帯型無線と車両との距離を測定し、この距離が所定値よりも小さい場合だけ、ドアに対する施解錠のためのアクセスの待ち状態になるという距離検出式のキーレス・エントリーシステムが開示されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】上記特開平 3ー148352号や特開平63ー40073 号公報に開示された距離式のキーレス・エントリーシステムは、距離に応じて自動的に施錠や解錠を実行したり、あるいは、施錠や解錠の待ち状態への移行が行われるため、リモコン式に比較して便利であるという利点がある。しかし、特開平 3ー148352号公報の距離検出式のキーレス・エントリーシステムでは、携帯型の送信器から送信されて車両側で受信されたマイクロ波の伝播時間から距離を測定する構成であるから、GPSシステムなどと同様に、携帯型の送信器からは送信時刻を付加した電波を放射し、受信側ではこの電波の受信時刻を測定して送信時刻と受信時刻の差から電波の伝播時間を測定することが必要になる。
【0006】しかしながら、そのようなキーレス・エントリーシステムでは、GPSにおける電波の伝播時間が数十msの程度であるのに対して、数十nsec 程度と桁違いに短くなる。このため、送信器と受信器との間で数十nsec 程度の極めて高精度で時間合わせ(同期)を行わなければならず、送受双方に極めて高精度の時計が必要になり、実現が困難になる。
【0007】また、特開平63ー40073 号公報に開示された距離式のキーレス・エントリーシステムでは、電波の受信強度に基づいて距離を検出している。しかし、電波の強度は、駐車場などに生じる定在波やフェーディングなどの影響で空間的にも時間的にも大きく変動するため、受信電波の強度に基づいて距離を検出するのは困難になるという問題がある。従って、本発明の一つの目的は、電波の伝播時間の測定が容易なキーレス・エントリーシステムを提供することにある。
【0008】また、特開平 2ー164988号公報などに開示されたリモコン式のキーレス・エントリーシステムを、上述の距離検出式のキーレス・エントリーシステムに変更しようとすれば、解錠や施錠を行う制御部までをも含めてシステムの構成要素一式を交換しなければならず、費用がかさむという問題がある。従って、本発明の他の目的は、リモコン式のキーレス・エントリーシステムを安価な費用で距離検出式のキーレス・エントリーシステムに変更可能な新たなキーレス・エントリーシステムを提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明のキーレス・エントリーシステムは、応答信号の送信を要求する呼出し信号を空中に送信し、その後に空中から受信した応答信号の正当性をこれに含まれる識別子に基づき検査し、前記呼出し信号の送信から前記応答信号の受信までの時間差に基づきこの応答信号の送信元との距離を検出し、応答信号が正当の場合には前記検出した距離が所定値未満であるか否かに応じて車両などのドアの解錠と施錠とを実行するドア側無線装置と、前記呼出し信号を受信して前記識別子を含む応答信号を空中に送信する携帯型無線装置とを備えている。このように、呼出し信号と応答信号の電波の伝播所要時間をドア側無線装置内の時計のみを使用して計測した送信から受信までの時間差に基づき検出できるので、実用的な時計の安定度の範囲内で距離の測定が可能になる。
【0010】
【発明の実施の態様】本発明の実施の態様によれば、上記ドア側無線装置は、呼出し信号の送信の後に受信した応答信号が正当の場合には検出した距離が所定値未満であるか否かに応じて車両などのドアの解錠と施錠とに関する指令で変調した電波、光線又は超音波を送出するというリモコン式の施解錠部に対する中継ないしは変換機能を果たす。
【0011】
【実施例】図1は、本発明の一実施例の車両のドアを施解錠の対象とするキーレス・エントリーシステムの構成を示すブロック図であり、10は車両内の適宜な箇所に設置された施解錠実行部、20は車両のイグニッションキー上に搭載された携帯型無線装置、30は車両内の適宜な箇所に設置された車両側無線装置である。
【0012】施解錠実行部10は、CPU11、受光部12及びアクチュエータ13を備えている。携帯型無線装置20は、CPU21、送受信部22、アンテナ23及び電池24を備えている。車両側無線装置30は、CPU31、送受信部32、アンテナ33及び送光部34を備えている。車両側無線装置30は、施解錠部10を含むリモコン式のキーレス・エントリーシステムと、携帯型無線装置20を含む距離式キーレス・エントリーシステムとの中継ないしは変換の機能を果たす。
【0013】図1の車両側無線装置のCPU31の動作を図2のフローチャートを参照しながら説明する。図示しないECU(エンジン制御ユニット)からエンジンが停止した旨の通知に基づと割り込みが発生すると、車両側無線装置30のCPU31の動作が開始される。動作を開始したCPU31は、まず、車両のドアが施錠状態にあるか解錠状態にあるかを示すフラグFを0に設定することにより、車両のドアが解錠状態であることを表示する(ステップS1)。
【0014】次に、CPU31は、送受信部32に指令を発することによりここから呼出し信号を送信させたのち、内蔵のカウンタを起動し(ステップS3)、引き続き、ステップS4において、予め定めた所定の時間だけ応答信号の受信を待ち合わせる。
【0015】送受信部32から送信された呼出し信号は、車両側無線装置30のアンテナ33から空中に送出され、携帯型無線装置20のアンテナ23を経て送受信部22に受信されたものとする。携帯型無線送受信20のCPU21は、受信した呼出し信号に含まれる送信元装置の識別子(例えばAとする)が自装置内で管理中のものと一致するか否かに基づき、自装置に対する呼出し信号であるか否かを検査し、そうであれば、自装置の識別子(例えばBとする)を送信元装置の識別子として含む応答信号を送受信部22から送信させる。この応答信号は、車両側無線装置30内のアンテナ33を経て送受信部32に受信されたものとする。
【0016】車両側無線装置30のCPU31は、前述したステップS4において、送受信部32から受信信号を受け取ると、内蔵のカウンタの動作を停止させ(ステップS5)、続いて、この受信信号に含まれる識別子Bと自装置で管理中の識別子とを比較する(ステップS6)。CPU31は、識別子の比較結果が一致した場合には(ステップS7)、携帯型無線装置20からの応答信号であると判断し、電波の伝播所要時間から携帯型無線装置20までの距離Rを算定する。
【0017】すなわち、CPU31は、上記内蔵のカウンタのカウント値に基づき、まず、呼出し信号を送信してから応答信号を受信するまでの所要時間Tを算定する。次に、CPU31は、この所要時間Tから予め定められている自装置内の応答遅延時間δτ1と、携帯型無線装置20内における応答遅延時間δτ2とを引き算すしたのち半分にすることにより、呼出し信号と応答信号の伝播所要時間tを算定し、これを電波の伝播速度Cで除算することにより、距離RをR=(T-δτ1-δτ2)/(2C)
と算定する。
【0018】CPU31は、算定した携帯型無線装置20までの距離Rが解錠最遠距離として定められた所定値Ro未満であるか否かを判定し(ステップS9)、そうであれば、フラグFがドアの施錠状態を示す「1」であるか否かを判定する。CPU31は、距離Rが解錠最遠距離Ro未満でしかもドアが施錠状態にあれば、フラグFを「1」から「0」に反転させ(ステップS11)、引き続き、送光部34からドアの解錠指令を送出させる。
【0019】送光部34から送出された解錠指令による変調を受けた光線は、施解錠実行部10内の受光部12に受光される。CPU11は、受光信号に含まれる解錠指令を解読しアクチュエータ13を起動する。起動されたアクチュエータ13はドアの解錠を行う。
【0020】CPU31は、ステップS8で算定した距離Rが施錠最近距離として定められた所定値Ro以上であることをステップS9で判定すると、今度は、この算定済みの距離Rが施錠最近距離(Ro+ΔR)よりも大きいか否かを判定する(ステップS13)。CPU31は、距離Rが施錠最近距離(Ro+ΔR)よりも大きければ、フラグFがドアの解錠状態を示す「0」であるか否かを判定する(ステップS14)。CPU31は、距離Rが(Ro+ΔR)よりも大きくしかもドアが解錠状態にあれば、フラグFを「1」から「0」に反転させ(ステップS15)、引き続き、送光部34からドアの解錠指令を送出させる。
【0021】送光部34から送出された施錠指令による変調を受けた光線は、施解錠実行部10内の受光部12に受光される。CPU11は、受光信号に含まれる施錠指令を解読し、アクチュエータ13を起動する。起動されたアクチュエータ13はドアの施錠を行う。
【0022】なお、CPU31は、ステップS13において、Ro≦R≦(Ro+ΔR)であると判定すると、ドアが施錠状態にあるか解錠状態にあるかに関係なく、何らの処理を行うことなくステップS2に復帰することにより、施錠や解錠に関するドアの状態を現状のものに保つ。このように、距離の測定誤差などによりドアの状態が施錠状態と解錠状態との間を頻繁に交番するバタツキを防止するために、ΔRのヒステリシスが賦与されている。
【0023】また、CPU31は、算定距離Rが解錠最遠距離Ro未満の場合であってもドアが既に解錠状態(F=0)にあれば、ドアを改めて解錠状態にすることなく、ステップS10からステップS2に復帰する。同様に、CPU31は、算定距離Rが解錠最近距離(Ro+ΔR)よりも大きい場合であってもドアが既に施錠状態(F=1)にあれば、ドアを改めて施錠状態にすることなく、ステップS14からステップS2に復帰する。
【0024】車両側無線装置30内のCPU31は、上記動作の実行中に、図示しないECU(エンジン制御ユニット)からエンジンが始動された旨の通知を受けると、直ちに動作を停止する。
【0025】図3は、本発明の他の実施例のキーレス・エントリーシステムの構成を示すブロック図であり、20はイグニッションキー上に搭載された携帯型無線装置、40は車両内の適宜な箇所に設置された車両側無線装置である。携帯型無線装置20は、図1に関して既に説明した実施例で使用した携帯型無線装置と同一の装置であり、このため同一の参照符号が付されている。この実施例の車両側無線装置40は、CPU41、送受信部42、アンテナ43及びアクチュエータ44を備えている。
【0026】本実施例のキーレス・エントリーシステムと、図1に示したキーレス・エントリーシステムとの相違点は、車両側無線装置40がアクチュエータ44を備えており、このアクチュエータ44が車両のドアの施錠や解錠を直接実行する点である。従って、車両側無線装置40内のCPU41の動作は、図2のフローチャートを参照しながら説明したものとほぼ同一であり、異なる点は、ステップS12とS16のそれぞれにおいて、解錠指令や施錠指令を別途設置されていた施解錠部10に光線で送出させる代わりに、直接アクチュエータ44に実行させるという点である。このように、ステップS12とステップS16とが僅かに変更されるだけであるから、CPU41の動作に関する重複する説明を省略する。
【0027】本出願人が先に出願した特願平7ー231024号に開示されているように、車両の窃盗を企てる者が、車両側無線装置と携帯型無線装置との間の通信を傍受して記録することなどによって識別子を盗み出したり、可能性のある多数の識別子を高速で自動的に発生させて多数回にわたって応答信号を反復して送信するなどの問題が考えられる。
【0028】上記の問題点を解決するために、必要に応じて、上記先願のキーレス・エントリーシステムに開示したと同様、以下の方法が採用される。すなわち、車両側無線装置と携帯型無線装置の双方に予め同一の関数F(x)を登録させておく。車両側無線装置は、呼出し信号を送信しようとするたびに乱数zを発生させ、この乱数zを呼出し信号に含ませて送出すると共に、この乱数を登録中の関数F(x)に代入することにより関数値F(z)を算定しておく。
【0029】携帯型無線装置は、受信した呼出し信号から乱数zを抽出し、これを登録中の関数F(x)に代入することにより、関数値F(z)を生成し、これを応答信号に含ませて送信する。車両側無線装置は、受信した応答信号から関数値F(z)を抽出し、これを予め算定しておいた関数値F(z)と照合し、照合一致の場合には応答信号が正当であると判定する。勿論、この乱数の関数値に加えて、装置固有の識別子の照合を行う構成とすることもできる。
【0030】以上、エンジンの動作の停止と開始とを車両側無線装置の動作の開始と終了の契機とする構成を例示した。しかしながら、イグニッションキーが対応のキーシリンダーから抜かれたことや挿し込まれたこと、車両が走行を開始したことや停止したこと、あるいは、運転席が着席状態や空席状態になったことなど運転車の下車を推測させる適宜な状態を適宜なセンサで検出し、これらを車両側無線装置の動作の開始と停止の契機とすることもできる。
【0031】また、上述の自動的な施錠と解錠の制御の機構に対して、運転者や搭乗車自身の人手による施錠・解錠の機構を優先させながら付加することができる。
【0032】さらに、施錠/解錠対象のドアが車両のドアである場合について、本発明の一実施例のキーレス・エントリーシステムを説明した。しかしながら、施解錠対象のドアは車両のドアに限らず、倉庫や家屋のドアなど他の適宜なものであってもよい。
【0033】
【発明の効果】以上詳細に説明したように、本発明のキーレス・エントリーシステムは、車両側から呼出し信号を送信し、これに対する応答信号を受信し、この間の所要時間から電波の伝播時間と携帯型無線装置までの距離を測定する構成であるから、距離の測定が容易に実現できる。例えば、上記実施例で解錠最遠距離Roを10メートルに設定した場合、電波の伝播所要時間は往復で66 nsec であるから、周波数が100 MHz 程度のクロック信号( 周期10 nsec ) を使用する簡便なカウンタを用いて距離を容易に測定できる。この際、解錠と施錠に関する距離に対してヒステリシスを設定することなどにより、数 nsec 程度の誤差は十分に許容できる。
【0034】また、本発明の一つによれば、図1に示したように、リモコン式と距離検出式との変換を行う変換ないしは中継機能を備えた車両側無線装置を車両内などに設置する構成であるから、既に車両に設置してあるリモコン式の施解錠実行部をそのまま利用する形式で、距離検出式のキーレス・エントリーシステムに変更できるという効果が奏される。

 

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「温泉水汲み上げ装置」事件

「温泉水汲み上げ装置」事件

平成17年(行ケ)第10113号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第490号)
口頭弁論終結日 平成17年9月1日
無効2003-35399号事件

 

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/405/009405_hanrei.pdf

 

■概要
・出願前の屋外での試運転につき「公然実施」の該当性が争われた事件。
・現場は「被告が資材置場として使用していた被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,上記試運転の際には,第三者の立入りが禁止されていた」が、「金網フェンス」の性質上、「現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができた」という状況であった。
・原告(無効主張者)は「この発明は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であったから,本件審決の上記判断は誤りである」旨を主張。
・裁判所は「原告が主張するように第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても,それ以上に,本件訂正後発明1(本件発明1と同じ)の核心をなす「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」様子の詳細は,見ることができなかったというべきであり,また,第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況にあったということも認められないから,本件発明1は秘密を保持されたまま実施されたいうべきであり,公然実施されたものと認めることはできない」と判断した。

 

■ポイント
・「第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても」、発明の核心部分の詳細を見ることができず、「第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況」でもなければ、「公然実施」は否定され得る。
・「出願前に屋外で試運転」=「公然実施」=「出願断念」という画一的な判断は、サボり過ぎ。

 

■参考情報

akema-boring.com

 

■原告の主張
ア 取消事由1(公然実施の判断の誤り)
 本件審決は,特許法29条1項2号の公然実施とは,部外者が含まれて実施したことが条件であるが,平成7年6月6日から8日間秋田県大館市清水町の被告敷地内の温泉井戸(以下「明間温泉」という。)において行われた「温泉改善装置移設試験」は公然実施の条件を欠いているから公然実施に該当しないと判断した。
 しかし,特許庁の審査便覧(42.03A)には,特許法29条1項2号は発明が実施されたことによって,公然知られた事実が認められない場合でも,その実施が公然なされた場合を規定しているものである旨記載され,また,東京高裁昭和51年1月20日判決(判例タイムズ337号283頁)は,公然知られたとは,閲覧可能性があればよいと判示している。
 本件は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であった。
 また,本件は,工事の安全上,第三者の立入りを禁止した状態で行われたが,これは安全を確保できる範囲での当然の行為であり,24時間体制で立入りを規制していたわけではなく,まして密室で実施されたものではなく屋外で実施されたものであるから,公然実施に当たるというべきである。
 本件が公然実施に該当しないとの本件審決の上記判断は,上記審査便覧及び裁判例を看過し,特許法29条1項2号を誤解した不当な判断である。

 

■被告(特許権者)の反論
(1) 取消事由1に対し
 本件審決が,「温泉改善装置移設試験」が行われた場所は被告の敷地内であり,「当該敷地が具体的にどのような状況であったかについては,請求人からは何ら主張立証がないため,外部の者が敷地内に自由に立ち入ることができる状況にあったとか,外部の者が当該発明の実施状況を見ることができたということはできない。むしろ,当該敷地は,明間の私有地であるから,自由な立ち入りは困難であった」(8頁16行~21行)として,公然実施を否定した判断に誤りはない。特に,送水管の「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」との構成は,坑内の深層部のため,見ることはできない。

 

■裁判所の判断
2 取消事由1(公然実施の判断の誤り)の有無
(1) 前記争いのない事実と証拠(甲1,4,5,7ないし20,27ないし41,乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,本件訴訟に至る経緯等として,次の事実が認められる。
ア 原告が代表取締役を務める株式会社であるAは,平成7年1月10日,被告との間で,Aが有する温泉井戸の状況改善技術,温泉熱回収利用技術,地熱利用技術等の技術による調査・分析・企画業務(以下「本件技術業務」という。)と,これらに関連してAが特許・実用新案等の工業所有権を申請している機器及び設備の営業,販売,施工,アフターサービスを実施する権利を被告に与え,被告が自己の名と責任においてこれを実施する,Aが被告の依頼により本件技術業務を行うときは,Aと被告間で,その都度請負契約を締結し,被告はAに本件技術業務の報酬を支払う等を内容とした業務提携契約(以下「本件業務提携契約」という。)を締結した(甲1)。
イ 被告は,平成7年2月,Aに対し,被告が掘削工事を行っていた京都府綾部市内の温泉井戸(以下「綾部温泉」という。)について,温泉水の昇温及び湧水量の増量を目的とする本件技術業務を依頼し,Aは,同年2月28日付けで,被告に対し,孔内注水式の深層熱誘導法による昇温・増量策の設備概略図等を記載した企画書(甲38)を送付した。上記企画書には,綾部温泉の現在の井戸口元温度約15.8℃,湧水量毎分約3.2リットルであるが,これを井戸口元温度約43℃,温泉量毎分約50リットルの目標値に昇温・増量することを可能である旨記載されていた。
 被告は,Aに対し,平成7年3月25日付けで,上記企画書等に基づいて作成した設備の施工図(甲4)をファックス送信し,さらに,同年4月10日付けで,当初設計から放水管の口径等を変更した放水管詳細図(甲5)をファックス送信した。
 平成7年5月15日,綾部温泉で,被告が完成した設備・装置の試運転が行われ,その後,同年5月16日,21日及び22日にも,同所で試運転が行われたが,井戸口温度は26.4℃にとどまり,湧水量の増量はみられなかった。なお,上記企画書及び上記試運転中にAから被告へ提出された改善指示書には孔底までの距離は1800mとする旨の記載があったが,被告は,費用がかかることなどから,それに従わず孔底までの距離を1300mとして上記試運転を行った。
ウ その間Aは,被告の依頼に基づいて,平成7年4月14日付けで,大館市清水町所在の温泉井戸(明間温泉)についての企画書(甲39)を送付した。上記企画書には,現在約37.5℃(井戸口元)の泉温を45℃以上に昇温すること,孔外注水法により,孔内湧水量毎分65リットルを毎分100リットルに増量することを目的とする旨記載されていた。
 被告は,綾部温泉で使用した前記設備・装置を明間温泉に移設した上,平成7年6月6日から同年6月13日までの8日間にわたり,明間温泉で,その設備・装置の試運転(「温泉改善装置移設試験」)を実施した。その試運転の際には,原告も立ち会った。
 明間温泉は,被告が資材置場として使用していた被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,上記試運転の際には,第三者の立入りが禁止されていた。
エ 平成7年6月14日付け北鹿新聞(甲11の(1))に,「温泉の温度,湯量調整」,「明間ボーリング 深層熱誘導実験に成功」との見出しを付して,「大館市の㈱明間ボーリング・・・は,深層熱誘導法の実験に成功した。これまで湯温,揚湯量の不足で失敗していた温泉の湯を地熱を利用して加熱,増量させるもので,この技術が実用化されれば今まで使用できなかった源泉を復活させることができる。実験の成功は日本初と同社では話している。・・・今回実験に成功した深層熱誘導法は,これまでボイラーなどに頼っていた温泉の加熱を地熱で行うもの。地下七百メートルの深さでは,地熱は約六十度になることを利用し,地上に出た水をポンプで強制的にもう一度地下にもどし,対流させて温度を上げる。温度が足りないものは温度をあげ,揚湯量が足りないものは,水を加えて量を増やすことができる。・・・同社は,昭和五十五年に清水町の工場敷地内に掘り,湯温不足で使用していなかった源泉を実験に利用。三十七.五度だった湯温が,最高四十二.二度まで上昇した。装置は,パイプが横につながっているもの。さらにユニット化でコンパクト化,揚湯管の開発で高効率化開発も図られる。」などと記載された記事が掲載された。
オ 次いで,平成7年6月19日付け大館新報(甲11の(2))に,「「死んだ温泉」を復活!!」,「明間ボーリングが画期的システム」,「"地下ボイラー"開発」,「実用新案申請へ・・・・・大館から全国へ発信」との見出しを付して,「温泉井深層熱誘導昇温システムと呼ばれるもので,同社のB技師が開発した。地底の温泉をかき混ぜることで,地熱を吸収して湯温を上げることができる,という発想。幸い同社には実験井があった。同市清水町の資材置場の一角に一九八〇年,社員の福利厚生用にと温泉を試掘したところ,九百二十メートル掘って湯温は三十七.四度しか上がらなかった。そのまま放っておいたところが今回の実験場となった。・・・試行錯誤を繰り返しながらスタートから三日目,ついに湯温四二度まで上げることに成功。」,「企業秘密となる部分は多いが,初期の実験データによると,毎分百七十五リットルをくみ上げ,このうち七十五リットルを排出し,百リットルを地中に戻した。これが地中深層部をかき混ぜるとともに,地底の熱交換も同時に行い,湯温上昇に結びついた。」などと記載された記事が掲載された。
カ Aは,前記エの記事を見て,被告がAが考案発明したシステムを盗用したものと考え,平成7年7月28日付け内容証明郵便で,代理人弁護士を通じて,被告に対し,被告の行為はAの著作権実用新案権特許権を侵害する違法行為に当たるとして,損害賠償等を求めた。
 これに対し被告は,平成7年8月11日,Aに対し,本件業務提携契約の錯誤無効を理由に,同契約に基づき支払った報酬(合計270万円)が不当利得に当たるとして,その返還を求める訴訟(秋田地方裁判所大館支部平成7年(ワ)第85号)を提起した。平成9年8月,被告の請求を全部認容する旨の第1審判決が言い渡され(甲36),Aは,これを不服として控訴仙台高等裁判所秋田支部平成9年(ネ)第95号)した。
 控訴審は,平成11年9月1日,第1審判決を取り消し,被告の請求を全部棄却する旨の判決を言い渡した(甲37)。
キ 一方,Aは,平成10年に,被告及びC株式会社に対し,被告が開発した商品であるとして,被告らが共同して温泉汲み上げ装置(商品名・コンベクト)を各種展示会やコンクールに出品した等の行為が不正競争(誤認惹起行為)に該当するとして,被告らに対し,上記装置の営業活動の禁止等の差止めを求めるとともに,被告に対し,本件業務提携契約に基づく報酬(技術料)の残金480万円の支払を求める訴訟(秋田地方裁判所大館支部平成10年(ワ)第62号,第64号,第76号)を提起した。同支部は,平成12年3月28日,原告の請求のうち,被告に対する報酬請求に関する部分を一部認容(130万円及び平成10年8月12日以降の年5分の割合による遅延損害金)し,被告らに対する差止請求に関する部分を全部棄却する旨の判決を言い渡した。これに対しA及び被告がそれぞれ控訴仙台高等裁判所秋田支部平成12年(ネ)第37号)し,平成13年2月14日,Aの控訴を棄却し,原判決中,被告の敗訴部分を変更し,被告に対し,90万円及び平成10年8月12日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる旨の判決が言い渡され(甲41),その後,同判決は確定した。
ク この間被告は,平成7年6月22日,本件特許出願をするとともに,同日付けで本件実用新案登録出願をした。そして,平成7年11月15日には,本件実用新案登録(登録第3020698号)を受けるとともに,平成11年5月28日には,本件特許の設定登録を受けた。これに対しAは,平成11年10月31日付けで,本件特許に対し特許異議の申立てをした(平成11年異議第74083号)。その通知の内容は,特許庁は,その審理途中の平成12年5月11日,被告に対し,取消理由通知を発した。その通知内容(甲16)は,異議申立人たるAが提出した綾部温泉及び明間温泉に関する前記企画書(甲38,39)には「温泉井戸内に,揚湯管を備えた温泉水中ポンプと,温泉井戸孔内深層部に配置される端部に放水管を備えた環水管とを設け,揚湯管と環水管及び温泉供給管とに接続された熱誘導促進器を有し,熱誘導促進器において供給管と環水管とに分湯し,さらに,環水管には管が接続されこの管から温泉井戸内へ注水する温泉井戸の昇温増量装置」なる発明が記載されていることになるが,この発明は公然実施発明であり,本件訂正前の請求項1及び2に係る発明とは実質的に同一の発明であるから特許法29条1項2号に違反する,等というものであった。これに対し被告は,前記のとおり,平成12年7月25日付けで,本件訂正を請求した。
ケ 特許庁は,平成12年9月29日,本件訂正を認め,訂正後の請求項1ないし3(本件発明1ないし3)に係る特許を維持するとの決定(本件異議決定。甲18)をし,同年10月21日,本件異議決定は確定した。
 本件異議決定の中で特許庁は,前記取消理由通知の中で指摘した公然実施発明との関係につき,本件訂正により訂正された訂正後発明1(本件発明1と同じ)は,「送水管を坑の坑底に固定することによって,明細書記載の「排水口から排水される水の勢いで揺れて部材が破損することを防ぐ」という作用効果を奏するものであり,本件訂正後発明1は,上記公然実施された発明であるとはいえないし,上記公然実施された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない」等として,本件訂正後発明1ないし3(本件発明1ないし3)は独立特許要件を有すると判示した。
 その後,原告は,平成15年9月17日付けで,本件特許につき特許無効審判請求をした。
 特許庁は,平成16年7月8日に仙台市特許庁審判廷で口頭審理(本件口頭審理)を行った
(2)ア ところで,本件審決は,平成7年6月6日から8日間被告が明間温泉において行った試運転の内容を「明間温泉発明」と称し,その内容を「温泉井戸内に,揚湯管を備えた温泉水中ポンプと,温泉井戸孔内深層部に配置され下端部に放水管を備えた還水管とを設け,揚湯管と還水管及び温泉供給管とに接続された熱誘導促進器を有し,熱誘導促進器において温泉供給管と還水管とに分湯し,さらに,還水管には別の井戸から管を介して温泉井戸内へ注水する温泉井戸の昇温増量装置」(7頁14行~18行)と認定した上で,この内容を発明と解した場合,これは,本件特許出願前の平成7年6月6日から8日間,大館市清水町の被告の敷地内において行われたが,公然と実施されたことを証明する証拠は提出されておらず,公然と実施されたものということはできない旨判断(8頁6行~10頁11行)した。
 これに対し原告は,この発明は,被告の資材置場内に掘削されていた温泉井戸(明間温泉)の現場で,屋外開放のままの状況で実施されたものであり,その当時,現場は,歩道との境に設置された金網フェンスから約5メートル離れた場所に位置し,目隠しがされていたわけでもなく,歩行者及び車道通行者から容易に「閲覧可能な状況」であったから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
イ そこで検討するに,前記認定のとおり,被告敷地内の温泉井戸は,被告が資材置場として使用している被告の敷地内に位置し,上記敷地と公道との境には金網フェンスが設置されており,「温泉改善装置移設試験」の実施の際には,第三者の立入りが禁止されていたのであるから,原告が主張するように第三者が現場付近の公道からその内容を実施している様子を一応垣間見ることができたとしても,それ以上に,本件訂正後発明1(本件発明1と同じ)の核心をなす「坑内に深層部まで挿入されて前記坑の孔底に固定され,その深層部に配置される端部に排水口を有する」様子の詳細は,見ることができなかったというべきであり,また,第三者が希望すればその発明の内容を開示する状況にあったということも認められないから,本件発明1は秘密を保持されたまま実施されたいうべきであり,公然実施されたものと認めることはできない(なお,前記認定のとおり,平成7年6月6日から実施された前記「温泉改善装置移設試験」については,平成7年6月14日付け北鹿新聞(甲11の(1))及び同年6月19日付け大館新報(甲11の(2))に掲載されたが,その各記事の内容に照らしても,本件発明1の具体的な内容は明らかにされていない。)。
 したがって,本件発明1ないし3は公然実施されたものではないとした本件審決は,その結論において誤りはなく,原告主張の取消事由1は採用できない。

 

裁判長裁判官 中野 哲弘

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「ツインカートリッジ型浄水器」事件

「ツインカートリッジ型浄水器」事件
(ジョプラックス事件)
 
平成20年10月28日判決言渡
平成19年(行ケ)第10351号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年8月28日
無効2006-80131号事件
 
 

■概要

・基本契約(本件取引基本契約)と個別契約(本件開発委託契約)との多段階方式による一連の契約において、個別契約を合意解除した場合の共同出願義務の有無について争われた事件。
・本件では、個別契約において共同出願条項を定めた第6条(工業所有権)について、第8条(有効期間)では「1,本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。2,前項の定めに関わらず,第5条(秘密保持)に関する定めは,この契約終了後5ヵ年間有効とし,第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする。」と規定されていたことから、合意解約前の開発成果分についての共同出願義務を負うと認定され、共同出願違反(特許法38条)の無効理由が認められた。
 
■所感
・契約関係のトラブルは、幸いこれまでのところ業務上遭遇したことがない。数年前であるが、本件の判決を初めてみたとき、まず、原告の主張で「契約の成否」に関して述べてるあたりで、契約関係のトラブルの面倒くささが感じられた。
・調べてみると、開発委託がらみでの契約関係のトラブルは少なくないらしい。民法の奥深さを感じさせられる。
・被告の主張で興味深いものの一つとして、「 I は,平成12年当時,原告の従業員であるとともに被告の技術顧問でもあり,その給与は原被告が折半していた」と述べている。このような人物が開発会議などに参加する場合、要注意と言えそう。
・原告の主張で興味深いものの一つに、「仮に,債務不履行解除又は合意解約によって本件効力存続条項までもが 失効し,本件共同出願条項の効力が解除後に及ばないと解すると,原告が被告の開発費用を含めて開発費用の全額を負担し,開発に必要な中空糸膜及びインジケーターを支給し(甲5の第3条2項及び3項),原告のIが 開発に必要な情報を被告に対して提供しているのに対し,被告は開発費用をかけずに原告から得た情報を利用しながら特許を受ける権利を単独で手に入れ,独占的に開発成果を実施することができることになるという不合理な結果になる。」と述べている点がある。原告の出張は一見妥当なように思える。しかし、本件発明は、「カートリッジ交換時期の表示塔を設けた構造で、しかもツインカートリッジ型に構成したコンパクトで大きな浄水処理能力を持つツインカートリッジ型浄水器を提供することを目的とする」というもので、「中空糸膜」そのものの発明ではない。そうすると、原告が提供した情報が、本件発明の創作にどの程度寄与したのか、疑問に感じなくもない。
・本件特許を巡っては、大阪地判平成20年8月28日(平成18年(ワ)第8248号特許権侵害差止請求事件)でも争われており、本件と同様の理屈により、「本件合意解約により,本件開発委託契約は終了したものであるが,本件共同出願条項は当然に失効するものではなく」とし、「本件特許は,特許法38条 に違反してされたものであり,同法123条1項2号により,特許無効審判で無効とされるべきもの」と判断されている。
・ 本件とは直接的には関係ないが、この事件がきっかけで契約関係のトラブルについて関心をもち、「契約締結上の過失」関連で論文を執筆したところ、大学から法学の学位をいただいた。
 
■審決の理由(抜粋)
(2) 原告は,本件特許を受ける権利が原告と被告の共有であると主張するが,その根拠となった開発委託契約書の共同出願の約定(甲5の第6条1項 (2))は,原告の債務不履行により民法541条に基づいて被告から解除されたために遡及的に消滅しているから,上記共同出願約定を根拠とする特許法38条の共同出願要件違反の無効理由とはならない

■原告の主張(抜粋)
(1) 共同出願要件違反(1)(債務不履行解除の事実認定の誤り)について
 審決は,原告と被告との間で締結した契約における共同出願約定につい て,被告の原告に対する平成13年1月26日付け書簡(甲8。以下「甲8 書簡」という。)が,原被告間で平成12年4月1日に締結されていた新型 のツインカートリッジ型浄水器の開発委託契約(甲5。以下「本件開発委託契約」という。)を債務不履行を理由として解除するとの意思表示に実質的に相当し,又はこれを示唆することが明らかである旨認定した(審決書37
頁)。 しかし,審決の債務不履行解除の事実認定には,次のとおり誤りがある。
ア 債務不履行が存在しないのに存在するとした誤り (ア) 金型代金額をめぐる交渉の事実経過等
 被告は,平成12年10月23日時点で金型製作代金額についての合意が成立していた旨主張するが,原告代表者は,被告代表者から経理の都合上とりあえず発注書を送付してほしいといわれて注文書(甲21) を発送したにすぎず(甲51の18頁),その時点では被告の見積金額6 501万円(乙7)と,原告の注文書の金額3000万円(甲21)と の間には3501万円の開きがあるから,原被告間において金型製作委託契約が成立していなかった
 仮に被告主張のとおり原告において6000万円で発注する決裁が終 了していたとしても,被告提出の平成12年10月23日の見積書(乙 7)の価格6501万と,6000万円(I作成に係る甲16-23) の間には501万円もの隔たりがあり,6000万円を被告が承諾する かどうかも不明であるから,原被告間においては,平成12年10月2 3日当時においても未だ金型代金について明確な合意がなかったといえる。
 原告は,被告の提案する金型製作の見積代金額が高すぎる上,従来から製品の品質面での問題も発生していたので,被告に対し,金型製作を 中国で行うことの検討を依頼していた(甲51)。その後,被告が応じら れないと回答したことから(甲51),原被告間で,平成12年11月に 1回,同年12月に2回,協議を継続していた。
 ところが,被告は,原告に,平成13年1月26日付けの書簡を送 り,「上記8の納期を前提としますと2月14日までに御決裁を頂きた く御願い申し上げます。」と述べた(甲8)。そこで,原被告間で,平成13年3月26日に協議をして,本件開発委託契約を合意解除した。
 以上のとおり,被告が決裁を求めた見積金額は,原告が承諾していな いものであるから,原告には,甲8書簡の見積内容を平成13年2月1 4日までに決裁する義務はなく,被告が甲8書簡で求めた決裁の義務不履行という債務不履行もない。
(イ) また,金型製作についての本件開発委託契約が締結されてはいるものの,金型の製作代金,量産する商品の数量,納期等の定めがない以 上,原告は,被告への金型製作量産委託義務を負担しているとはいえない。被告は,改めて金型製作等の個別契約を締結する際に,被告と交渉をする義務を負担しているにすぎない。したがって,金型製作量産委託義務又はその代金支払義務に係る債務不履行もない。
 なお,本件開発委託契約の3条2項には,被告が負担した開発費用 は,原告に納入する量産品原価に上乗せする旨が記載されているが,それは,あくまでも個別の金型製作委託契約が成立した場合の開発費用の 弁済方法について定めたものにすぎないのであって,この約定により金型製作量産委託義務が原告にあることを根拠付けることはできない。
(ウ) 本件開発委託契約は,開発が終了した時点で終了し,金型製作や, 製品量産は,金型製作委託契約等の別個の個別契約の締結により達成されるものであり,その契約締結交渉の過程において仮に原告に何らかの債務不履行があったとしても,それは本件開発委託契約とは別個の個別契約の債務不履行になり得るにすぎないから,本件開発委託契約の債務不履行解除の理由にはならない
(エ) 仮に被告主張のように金型製作代金額についての合意が成立し,その支払義務が原告にあるとしても,その履行期は未定であるから,その債務不履行もない。
(オ) 仮に,原告からの注文書(甲21)の送付によって何らかの合意が成立したとしても,原告代表者が被告の見積金額を承諾する意思のないことを,被告代表者において容易に知り得たから,その合意は,民法9 3条ただし書により無効である。
(カ) 仮に,本件開発委託契約に係る何らかの情報を原告が利用したとし ても,それは原告自身が利用したにすぎないのであって,第三者が利用 し得るような形で何らかの情報を流したわけではないから,秘密保持義務違反の債務不履行もない。
イ 解除の意思表示が存在しないのに存在するとした誤り
 解除権の行使に当たっては,「実質的相当乃至示唆」では足りず,解除の意思表示そのものの存在が必要であるが,甲8書簡には,被告による本 件開発委託契約の解除の意思表示が存在しない。したがって,その解除の意思表示が存在するとした審決は,誤りである。
(2) 共同出願要件違反(2)(解除の効果に係る判断の誤り)について
 審決は,債務不履行解除又は平成13年3月26日の合意解約によって本件開発委託契約6条1項の共同出願条項(以下「本件共同出願条項」とい う。)が遡及的に消滅し,同条項が本件特許の出願日以前にその効力を失っているから,特許法123条1項2号,38条の共同出願要件違反の無効原因を認めることができないとする。
 しかし,その審決の判断は,次のとおり誤りである。
ア 本件共同出願条項の効力の存続を看過した誤り
 本件開発委託契約の8条(有効期間)は,「1,本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。 2,前項の定めに関わらず,第5条(秘密保持)に関する定めは,この契約終了後5 ヵ年間有効とし,第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権 の存続期間中有効とする。」と定めているところ(以下「本件効力存続条 項」という。),8条1項の「委託業務の終了」には債務不履行解除又は 合意解除による終了も含まれるから,本件共同出願条項は,8条2項により本件特許の存続期間満了までその効力を有するものと解される。
 仮に,債務不履行解除又は合意解約によって本件効力存続条項までもが 失効し,本件共同出願条項の効力が解除後に及ばないと解すると,原告が被告の開発費用を含めて開発費用の全額を負担し,開発に必要な中空糸膜及びインジケーターを支給し(甲5の第3条2項及び3項),原告のIが 開発に必要な情報を被告に対して提供しているのに対し,被告は開発費用をかけずに原告から得た情報を利用しながら特許を受ける権利を単独で手に入れ,独占的に開発成果を実施することができることになるという不合理な結果になる。本件発明に係る製品の開発は遅くとも平成13年1月2 6日には完成し,これと対価的牽連関係にある開発費用は,原告が平成1 8年7月4日供託した金員として被告が受領している。したがって,本件 共同出願条項及び本件効力存続条項によって,本件発明の共有状態が解除 後も継続しており,被告による単独の特許出願は,特許法38条違反として無効である。
イ 本件取引基本契約の共同出願条項による共有状態を看過した誤り
 原告と被告は,従来から浄水器の開発販売に関して協力関係を継続しており,平成5年9月3日に締結された「取引基本契約書」(甲90。以下 「本件取引基本契約」という。)の「第15条 工業所有権等」においても,本件開発委託契約と同様に,共同出願の合意があり,出願の手続も原 告がするものと取り決められ,約8年間共同出願を継続してきた。したが って,仮に,本件開発委託契約が遡及的に消滅したとしても,本件開発委 託契約の成果は本件取引基本契約における上記共同出願条項に従って行わ れるべきであり,被告単独の出願は許されない。したがって,本件開発委 託契約の解除により本件取引基本契約における共同出願条項の効力が遡っ て消滅したとした審決は誤りである。
ウ 解除の将来効(解除の効果が遡及するとした誤り) 合意解約が契約内容を遡及的に消滅させるか否かは,合意解約時の特約の有無にのみ依拠するのではなく,契約の内容,性質,及び合意解約後の 実情から客観的かつ合理的に定められるべきである。本件開発委託契約 は,民法656条の準委任契約に該当するから,民法652条及び620 条の定めるところにより,その解除には遡及効がなく,将来に向かってのみその効力を生ずる。
エ 小括
 以上のとおり,平成13年2月14日当時,完成済みの本件発明について特許を受ける権利は本件共同出願条項又は本件取引基本契約中の共同出 願条項により原被告の共有状態にあり,その後の解除によってその共有状 態が遡及的に消滅するわけではないから,被告が単独で出願した本件特許 の登録については特許法123条1項2号,38条の無効事由が存在する ことになる。したがって,解除の遡及効を肯定して本件共同出願条項違反の無効原因が存在しないとした審決は誤りであって,取り消されるべきである。
(3) 共同出願要件違反(3)(原告の従業員が共同発明者であることを看過した誤り)について
 浄水器の具体的構造を示す図面に基づいて議論された開発検討会は,I,又はI及び原告従業員らが参加して12回開催され,本件発明1の開発に到達したから,Iも共同発明者である。その開発検討会に4回しか出席していない被告代表者Hが共同発明者とされながら原告のIが共同発明者でないとするのは不合理である。そして,原告は,「就業規則」(甲93の1及び 2)9条により,「Iが取得した特許を受ける権利」の移転を受けた。審決 は,Iが共同発明者であることを看過しているから,誤りである。

■被告の主張(抜粋)
(1) 共同出願要件違反(1)(債務不履行解除の事実認定の誤り)に対し
 本件開発委託契約は,原告が被告に対し,「NEWツイン(仮称)」(以 下「本開発品」という。)について,その1. 本開発品の基本設計,2. 試作及び性能評価業務,3. 金型の設計及び製作業務,4. 量産準備と開始に至るまでを委託したものであり(甲5の第2条),その委託業務の終了期限は平成1 3年1月末日までと定められ(3条1項),金型代金は原告の負担とされ (3条2項1文,3項),金型代金等を除く被告負担の開発費用は,被告が原告に納入する量産品の価格に上乗せすることによって最終的には原告が負担するものと合意されていた(3条2項3文)。したがって,本件開発委託契約は,原告が本開発品の量産までをも被告に委託することを本旨とするものであって,委託業務遂行途上で原告が被告以外の第三者に委託先を変更したり,その際,被告がした基本設計又は試作品を第三者に開示して使用させることを許容するものではなかった。
 そして,原被告は,遅くとも平成12年10月23日までに,「本開発品」の被告の納品価格を8600円とし(甲16-23,乙6),金型製作費の総額を6501万円として内3000万円を検収時に原告が支払い(乙 7,甲16-23),残余を製品価格に上乗せして回収すること,納期を平成13年4月とし,数量を初回は4万台とすることを合意していた。
 しかるに,原告は,被告に開発作業をさせて,製品仕様書(甲31)その他の開発成果(甲40~42,44)を取得しながら,前記の製品量産委託義務を一方的に破棄し,金型製作の手配を一方的に中断し(甲8柱書,甲2 2),被告の成果物を流用して,中国の業者等に対する見積り依頼に及んだ (甲22)。
 そのため,被告は,一旦合意をした「8600円/台」という製品価格を 「8390円」に値引きし,「6501万円」の金型製作総代金をも「6000万円」にして,平成13年1月26日付け甲8書簡によって原告の義務履行を促した。甲8書簡の「最終的な条件」第9項に示された「2月14日 までに御決裁を頂きたく御願いを申し上げます。なお,本開発委託契約を御解約される場合は不本意ではありますが契約書第4条に基づき前記5の開発設計費を請求させて頂きます」との記載は,御決裁すなわち開発委託義務又 は金型発注に伴う上記代金債務の履行をしないときは,甲5の4条の原告都合解除とみなして民法545条3項により損害賠償を請求するとの表示意思の通知,すなわち期限付解除の意思表示であると解することに不合理な点はない
(2) 共同出願要件違反(2)(解除の効果に係る判断の誤り)に対し
ア 本件においては,甲8書簡に基づく法定解除の遡及効が認められる。ま た,平成13年3月26日の合意は何らの留保を付さない白紙解約である から,その合意解約によっても本件開発委託契約の遡及的消滅が認められ る。したがって,これと同旨の審決に誤りはない。
イ 原告は,本件効力存続条項(甲5の8条2項)により本件共同出願条項は本件特許の存続期間満了まで効力を有する旨主張する。しかし,本件効力存続条項は,「前項の定めに関わらず」6条(工業所有権)に関する定めは当該工業所有権の存続期間中有効であるとするものであって,8条1 項(本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条のいう委託業務の終了日までとする。)の有効期間の満了前に解除がされた本件のような事実関係の下で適用される約定ではない。本件開発委託契約においては,「業務委託」(法律行為)ではなく,「委託業務」(事実行為)の終了日が契約終了時期とされているから(8条1項),事実行為である委託業務の終了には,法律行為(契約)の終了原因である法定解除や合意解除を含まない。そもそも「開発委託」契約の終期を「委託が終了したとき」と解するのは,同義反復であって,論理的に意味をなさない。したがって,本件効力存続条項により本件特許権が原告と被告の共有になるということはない。
 仮に解除の効果が将来効であったとしても,本件特許の出願はその後に行われたものであるから,本件共同出願条項(甲5の6条1項(2))は本件特許の出願の共同出願要件違反を帰結せず,原告の無効主張は理由がない。
ウ 原告は,本件効力存続条項の遡及的消滅によって,原告が被告の開発費用を含め開発費用を全額負担するのに対して,被告は開発費用をかけずに特許を受ける権利を手に入れ,被告のみが独占的に開発成果を実施できるから不合理であると主張する。しかし,原告は,自ら開発委託義務の債務不履行をして,被告に対しデザイン費等の損害を被らせたのであるから, 民法545条3項により賠償に応ずるのは当然である。特許を受ける権利が現に創作を行なった被告従業員(N)に原始的に帰属するのは当然である。
(3) 共同出願要件違反(3)(原告の従業員が共同発明者であることを看過した 誤り)について
 本件発明1ないし17は,被告従業員Nの単独発明であり,審決の認定に誤りはない。
 Iは,平成12年当時,原告の従業員であるとともに被告の技術顧問でもあり,その給与は原被告が折半していたから,Iが顧問として本開発品の開発会議(甲37,43等)に出席していたとしても,Iが原告の職務発明者であるとはいえない。
 

■裁判所の判断(抜粋)
1 共同出願要件違反(1)(債務不履行解除の事実認定の誤り)について
 審決は,被告の原告に対する甲8書簡中の記載,すなわち,「ここに開発委 託契約の案件につきまして,弊社の最終的な条件および御見積もり等を下記の通り御提示申し上げますので,何卒,御高配を頂き御承認を賜りますよう切に御願い申し上げます。」との記載(甲8の冒頭本文)及び「9,開発委託契約の解約について 上記8の納期を前提としますと2月14日までに御決裁を頂きたく御願いを申し上げます。なお,本開発委託契約を御解約される場合は不本意ではありますが契約書第4条に基づき,前記5の開発設計費を請求させて頂きます。」との記載(甲8の9項)によれば,甲8書簡は,「平成13年2 月14日を期限とする開発委託契約の法定解除の意思表示に実質的に相当乃至示唆することは明らかである。」と認定した(審決書37頁)。
 しかし,審決において債務不履行解除の意思表示の認定根拠とされている甲 8書簡中の「本開発委託契約を御解約される場合は」という記載には,敬語が使用されているから,その「御解約」の主体は,被告作成の甲8書簡の相手方である原告であると理解される。また,甲8書簡において,被告が原告に対して主張した開発設計費支払請求の法的根拠は,債務不履行解除に係る損害賠償請求権(民法545条3項,415条)ではなく,本件開発委託契約書(甲 5)の4条である。同条項の記載,すなわち「甲(判決注 原告)のやむを得ない事由により,開発を中止又は中断しなければならなくなったとき,甲はその旨を乙(判決注 被告)に書面にて通知することにより,本契約を解除することができる。この場合,甲乙協議の上,乙がそれまで負担した費用を甲は乙 に支払うものとする。」という約定記載によれば,その解除権行使の主体は,原告のみに限定されている。したがって,甲8書簡で言及された「御解約」の主体は,被告ではなく,原告であることは明らかである。その他,甲8書簡には,債務不履行を理由とする解除の意思表示を認めるに足りる記載が見当たらない。
 そうすると,甲8書簡をもって被告が期限付きの債務不履行解除の意思表示をし,又は黙示的にその意思表示をしたものであると認めることはできない。 したがって,被告が債務不履行を理由とする解除の意思表示をしたとした審決の認定は誤りであり,この点に関する原告の主張は,理由がある。
2 共同出願要件違反(2)(解除の効果に係る判断の誤り)について
 審決は,本件共同出願条項について,民法545条1項の債務不履行解除により,又は存続特約のない平成13年3月26日付け合意解約により遡及的に消滅し,本件特許の出願日である平成13年6月6日以前にその効力を失ったから,本件特許には,本件共同出願条項に基づく原被告の共有を前提とする特 許法38条(共同出願)違反の瑕疵はなく,同法123条1項2号の無効理由は存在しない旨判断した(審決書37頁以下)。
 しかし,上記審決の判断は,次のとおり誤りである。 (1) 事実認定証拠(甲17,51)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 平成5年9月3日,原告と被告は,原告が被告に対して浄水器の製造及び商品開発を委託することを内容とする本件取引基本契約を締結した。その本件取引基本契約書第15条においては,新たに発生する特許,実用新案,意匠等については原被告の共同出願とする旨が合意され(甲90), それ以降,原告と被告との間で新開発された商品については約7年間にわたって共同出願がされていた(甲17の30頁,弁論の全趣旨)。
イ その後,原告は,被告との間で,原告が新たに販売企画する新型浄水器 「NEWツイン(仮称)」(中空糸膜と活性炭を主たる濾材とするツイン カートリッジを基本として,カートリッジの簡便着脱機構,カートリッジ の交換時期を表示するインジケーター,熱湯ストッパー機構付きの切換コ ックなどを装備する高性能な据置型浄水器)の開発業務を被告に委託する 旨の平成12年4月1日付け本件開発委託契約を締結した(甲5)。
ウ 本件開発委託契約書(甲5)には,次の記載がある。
「第6条(工業所有権)
1,本開発品に関しての工業所有権を取得する権利は次の通りとする。
(1)商標および意匠登録は甲が取得し,甲が単独で所有する。
(2)特許および実用新案は甲(判決注 原告)と乙(判決注 被告) の共同出願とし,甲と乙の共有とする。
2,前項1,(2)の共同出願の手続きは甲が行い,発生する費用は甲乙 それぞれが折半することとする。
(省略)
第8条(有効期間)
1,本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。
2,前項の定めに関わらず,第5条(秘密保持)に関する定めは,この契約終了後5ヵ年間有効とし,第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする。
エ 本件開発委託契約に基づき,原告と被告の各開発担当者は,新型浄水器 に関する開発会議を重ね,新商品の設計作業が完成し,その後,金型製作代金の協議を実施した。被告は,平成12年10月23日付けで見積金額 を6501万円(消費税別)とし,うち3000万円を金型製作代金として速やかに原告が支払い,残額3501万円は製品価格決定後の打合せにより製品価格に上乗せする方法で,実質的には原告が負担する旨の見積書を提出した(乙7)。これに対し,原告は,平成12年10月23日,被告の要望に沿って同日付けで注文金額を3000万円(税別)とする注文書のみを提出したが(甲21),残額については別途被告と協議することを予定していた(甲51の18頁,19頁)。
オ しかし,原告と被告との間で金型製作代金の残額に関して合意を得ることができなかった。そして,原告は被告に対して,金型製作を中国で行うことを提案したが,被告は,品質を保証することができないなどとしてこれを拒否し,金型製作代金をめぐる協議は進展しなかった(甲16-2 5,甲17の9頁以下,18頁以下,甲51)。
カ 被告は,原告に対し,平成13年1月26日付けの甲8書簡を送付し, 被告が提案した金額により,本件開発委託契約を履行することを求めた。 しかし,原告は,被告の提案を拒否し,原被告代表者は,平成13年3月 26日に協議を行い,本件開発委託契約を合意解除するに至った(同日の 合意解除の事実は,当事者間に争いがない。)。なお,原告は,被告に対し,新製品の切換コックのみの供給を依頼し,同年5月7日付けで新製品の切換コックの供給契約については成立している(甲17の23頁以下,甲51の6頁以下)。
キ 原告は,100パーセント子会社であるニチデンを通じて中国の会社に金型製作を依頼し,平成14年1月から新型浄水器の販売を開始した(甲 51の10頁以下)。また,原告は,平成18年7月4日,被告を被供託者として本件発明の開発費用1155万8663円及びその遅延損害金の合計1316万9185円を弁済供託し,被告はこれを同月27日に受領 した(甲14,15)。
(2) 判断
ア 本件開発委託契約の記載によれば,同契約では,1. 本件発明について特許を受ける権利が原告と被告の共有であることが定められ〔本件共同出願 条項(6条1項(2))〕,また,2. 本契約の有効期間は,本契約締結の日 から第2条の委託業務の終了日までとすると定められ(8条1項),さらに,3. 前項の定めに関わらず,・・・第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする〔本件効力存続条項〕(8条 2項)と定められている。そうすると,本件共同出願条項(8条2項にい う「第6条(工業所有権)に関する定め」に当たる。)は,本件開発委託契約の合意解除を原因とする「委託業務の終了」(8条1項)にもかかわらず,本件効力存続条項(8条2項)により,委託業務終了後の平成13 年6月6日の本件特許出願時においても,「当該工業所有権の存続期間中」(8条2項)として,その効力を有するものと解すべきは,疑いの余地はない
 したがって,上記認定した事実経緯の下における本件では,平成12年中に,新型浄水器についての設計開発作業は完了し,特許出願することができる段階に至っていたのであるから,合意解除がされた平成13年3月 26日には,本件効力存続条項によって,合意解除の後においても,引き続き,原告及び被告は相互に,特許を受ける権利の共有,共同出願義務を負担することになる。
イ この点について,被告は,本件開発委託契約書8条1項の「委託業務」は,事実行為であって,法律行為(契約)の終了原因である法定解除や合意解除を含まないから,法定解除等により契約目的を達成せずに途中で契約関係が終了した場合には8条1項が適用されず,その適用を前提とする 8条2項の本件効力存続条項も適用されない旨主張する。
 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,18 条1項の「第2条の委託業務の終了」には,契約目的を達成した場合のみならず,委託業務(事実行為)が合意解除(法律行為)を原因として途中で終了する場合も含むと解するのが文言上自然であり,前記のとおり,合意解除の場合にも8条1項が適用され,8条2項の本件効力存続条項により本件共同出願条項がその効力を有すると解するのが,当事者の合理的な意思に合致するというべきであること,2. 本件開発委託契約では,最終的には,原告が被告の開発費用を負担することとし,被告が技術等を提供することと定められ(甲5の3条2項,3項参照),開発資金等を提供した 原告と,技術等を提供した被告との間において,特許等について共有とするとした趣旨は,互いに相手方の同意を得ない限り独占的な実施ができないこととして,共同で開発した利益の帰属の独占を相互に牽制することにある点に照らすならば,合意解除がされた場合においても,両者の利益調整のために設けられた規定を別の趣旨に解釈する合理性はないこと,3. 本件開発委託契約書5条(秘密保持)の約定は,同契約が合意解除がされた 場合にも,不正競争防止法の関連規定の適用を待つまでもなく,その効力を特約により存続させて互いの営業秘密を保護しようとするのが契約当事者の合理的意思に合致すると考えられること等,諸般の事情を総合考慮するならば,本件開発委託契約書8条2項において上記秘密保持規定と同様に記載された「6条(工業所有権)に関する定め」について,合意解除の場合においても,その効力を特約により存続させるのが契約当事者間の合理的意思に合致するといえる。
 したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ そして,被告は,特許を受ける権利について,原告と共有であるにもかかわらず,平成13年6月6日に単独で本件特許の出願をし,その登録を 受けたものであるから,本件特許の登録は,特許法38条に違反するもの
として,123条1項2号の無効理由を有することになる。 以上のとおり,審決の認定判断には誤りがあり,原告の取消事由(共同出願違反(1)及び(2))に係る主張は理由がある。
3 結論
 以上によれば,原告主張の取消事由(共同出願要件違反(1)及び(2))はいずれも理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決には違法がある。よって,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 飯村敏明
 

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「高強度部品の製造方法と高強度部品」事件

「高強度部品の製造方法と高強度部品」事件

平成24年2月6日判決言渡
平成23年(行ケ)第10134号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成24年1月23日
不服2009-14453号事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/973/081973_hanrei.pdf

 


■概要
- 従属項の特徴事項のみに着目した引用発明の認定を否定した事例。

■ポイント
- 特許庁の主張(要約):従属項の特徴事項に着目して引用発明を認定したことについて、以下のように主張。
「引用発明は、刊行物に具体的に開示された実施態様に限定して認定しなければならないというものではなく、ある技術課題に直面した当業者が、刊行物に接したときに、まとまりのある技術思想として、そこにどのような発明が記載されていると認識するかという観点から認定すれば足りる。すなわち、特許出願に係る発明について進歩性の特許要件を判断するに当たり、引用発明は、特許出願に係る発明との対比に必要な範囲で、その特徴的な要素を抽出して把握することが出来る。」

- 裁判所の判断(要約):引用発明の解決課題から請求項1の内容を中心的な技術思想として認定し、これを全部包含する従属項の発明においては従属先の技術事項と「密接に関連したひとまとまりの技術として開示されているというべき」であるから、従属先の技術事項を切り離して、従属項の特徴事項のみを抜き出して引用発明の技術的思想を認定することは許されない。

特許庁の主張(抜粋)
1 取消事由1に対し
(1) 引用発明は,「加熱状態の鋼板をプレス成形により急冷・焼入れ」して高強度にする(段落【0002】)という技術を前提としてこれに改良を加えたものであるから,引用発明の方法によって得られる最終成形品(本願発明の「部品」に相当)においても高強度は維持されている。刊行物1には,「…鋼板Wは成形型5に挟まれることで成形型5に熱が奪われて急冷され焼入れされることとなり,成形品1の母材強度を大幅に向上させることができる。…」(段落【0020】)との記載がみられ,かつ,引用発明は,車体等の高強度化を前提として改良されたものである以上(段落【0002】),プレス成形品が高強度でないとするのはむしろ不合理である。
(2) 引用発明は,刊行物に具体的に開示された実施態様に限定して認定しなければならないというものではなく,ある技術課題に直面した当業者が,刊行物に接したときに,まとまりのある技術的思想として,そこにどのような発明が記載されていると認識するかという観点から認定すれば足りる。すなわち,特許出願に係る発明について進歩性の特許要件を判断するに当たり,引用発明は,特許出願に係る発明との対比に必要な範囲で,その特徴的な要素を抽出して把握することができる。
 審決は,引用発明を認定するにあたり,特許請求の範囲の【請求項1】に記載されている「加熱された鋼板を成形型によりプレス成形と同時に冷却して焼入れされた成形品を得るプレス部品の焼入れ方法」について,本願発明との対比に必要な範囲で,特徴的な要素として,Cの質量%(段落【0017】),鋼板加熱温度(段落【0020】),プレス成形開始温度(段落【0020】),金型中での焼入れ(段落【0020】),剪断加工(【図17】)を抽出して把握したものである。したがって,審決の引用発明の認定に誤りはない。

■裁判所の判断(抜粋)
3 取消事由1,2,4(引用発明の認定の当否,一致点の認定の当否,相違点の看過の有無,看過された相違点が想到容易といえるか)について
 取消事由2,4は,取消事由1を前提とするものであって,これらの取消事由は相互に関連することから,まとめて検討することとする。
(1) 上記2のとおり,刊行物1記載の発明は,加熱状態の鋼板をプレス成形により急冷・焼入れし,その後に加工するという従来技術においては,焼入れにより硬度が上昇してその後の加工が困難になるなどといった問題点があったことから,これを解消するために,焼入れの際,部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させる,すなわち,加工が必要な部位の焼入れ硬度を低下させ,その部位の加工を容易にすること(【請求項1】,第1実施形態に係る発明)を中心的な技術的思想とするものである。そして,プレス成形に引き続き成形品が冷却され硬化する前に成形型内で加工を行うという構成(【請求項9】,第4実施形態に係る発明)についても,【請求項9】が【請求項1】を全部引用していることに加え,「第9の発明では,第1の発明の効果に加えて…」(段落【0012】),「本実施の形態(判決注:第4実施形態)においては,第1実施形態における効果…に加えて,下記に記載した効果を奏することができる。」(段落【0076】)などの記載があることに照らすと,成形型内で加工を行うに当たっても,焼入れの際,部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させて剛性低下部を形成し,その剛性低下部を加工することが前提となっているものと認められる。このように,刊行物1においては,鋼板の部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させて剛性低下部を形成し,その剛性低下部を成形型内で加工する技術が密接に関連したひとまとまりの技術として開示されているというべきであるから,そこから鋼板の部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させて剛性低下部を形成し,その剛性低下部を加工するという技術事項を切り離して,成形型内で加工を行う技術事項のみを抜き出し引用発明の技術的思想として認定することは許されない。
 しかるに,審決は,引用発明として,鋼板の部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却し,得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させて剛性低下部を形成し,その剛性低下部を加工するという上記の技術事項に触れることをせずに,したがってこれを結び付けることなく,単に成形型内で加工する技術のみを抜き出して認定したものであって,審決の引用発明の認定には誤りがある。これに伴い,審決には,成形型内で加工する点を一致点として認定するに当たり,これと関連する相違点として,本願発明は,「成形後に金型中にて冷却して焼入れを行い高強度の部品を製造する際に,…剪断加工を施す」のに対して,引用発明では,「成形品形状部位ごとに冷却速度を異ならせて冷却」する点,「得られる焼入れ硬度を部位ごとに変化させ,剛性低下部を形成」する点,「剛性低下部にピアス加工を施す」点を看過した誤りがある。
(2) そこで,上記の誤りが審決の結論に影響を及ぼすかどうかについて検討するに,上記(1)で説示したとおり,刊行物1記載の引用発明は,焼入れ硬度を低下させた部位を設けることで加工を容易にすることを中心的な技術的思想としているのであって,これを前提として成形型内で加工を行う技術事項も開示されているにとどまると理解すべきであるから,これらの技術事項を切り離して,成形型内で加工を行う技術事項のみを抜き出しそこにのみ着眼して,看過された相違点に係る本願発明の構成とすることができるかの視点に基づく判断は,容易推考性判断の手法として許されない。
 したがって,上記の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(3) なお,原告は,取消事由1(1)として,審決が引用発明について「高強度」プレス成形品であると認定したことは誤りであると主張する。
 しかしながら,本願発明にいう「高強度」の部品は,焼入れにより強度を向上させた部品であると認められるところ,引用発明も,焼入れにより強度を向上させる従来技術を前提として,加工を行う部位についてのみ焼入れ硬度を低下させるのであるから,全体としての成形品は「高強度」であると認められる。

第6 結論
 以上のとおりで,取消事由3について判断するまでもなく,刊行物1を主たる引用例として本願発明の容易推考性を肯定した審決は誤りであって,取り消されるべきものである。よって,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 塩月秀平
 

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一陸技の合格通知が届いたので免許申請の手続について調べてみた件

 

■ 追記

・返信用の封筒は、免許証やクレジットカードなどが入る寸法であれば大丈夫そう。(返信用封筒には、資格者証のカードのみが入って郵送されてきました)

・送信用、返信用の封筒には、郵便局で「簡易書留」の朱印を押して貰うと良いでしょう。(なので、郵便局で朱印を押して貰うまでは、送信用の封筒を閉じてしまわない方が良いでしょう)

・私の場合、郵便局で支払った切手代は、(簡易書留代:310円 + 基本送料:82円)×2 =784円 でした。

・8月7日に簡易書留で送付して、8月23日に資格者証を郵送にて受け取りました。

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■ 手続全体の流れ

 ダウンロードから免許証発行までの流れ

 

■ 申請書のダウンロード

 □ 陸上無線技術士特殊無線技士(第一級海上特殊無線技士は除く)用
   免許申請書         申請にあたっての注意事項(記入例)

 

■ 申請に必要な書類(国家試験合格者用)

 □ 無線従事者免許申請書

 □ 氏名及び生年月日を証する書類

 □ 手数料(1,750円分の収入印紙)

 □ 写真(縦30mm×横24mm)

 □ 返信先(住所、氏名等)を記載し、 切手をちょう付した返信用封筒

  (免許証の郵送を希望する場合のみ)

 ※「簡易書留」等のご利用をお勧めします。

 ※ 返信用封筒が無い場合、「総合通信局」でのお渡しとなります。

 

■ 氏名及び生年月日を証する書類の例

 □ 住民票の写し※

 □ 戸籍抄本

 □ 印鑑登録証明書

 □ 住民票記載事項証明書※

 □ 公の機関が発行した資格証明書 (いずれもコピー不可)

 ※ 住民票の写し、住民票記載事項証明書を提出する際は、 「個人番号」が印字されていないものをご準備ください。

 ※ 住民票コード、無線従事者免許証、電気通信主任技術者 資格者証工事担任者資格者証の番号のいずれか1つを申請書の所定欄に記載した場合は、書類の提出を省略す ることができます。 ただし、番号を記載していただいても、氏名、生年月日が 確認できない場合には、書類の提出をお願いする場合も あります。

 

■「総務省 電波利用ホームページ」へのリンク(情報源)

 手続全体の概要はこちら

 申請書の提出先はこちら。

 

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進歩性の一考察(「マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置,その装置において実行される方法およびプログラム」事件)

 

「マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置,その装置において実行される方法およびプログラム」事件

平成27年12月17日判決言渡
同日原本領収 裁判所書記官
平成27年(行ケ)第10018号
審決取消請求事件
口頭弁論終結平成27年11月19日
不服2014-10032号

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/557/085557_hanrei.pdf

 

■ 事案の概要
- 「予め格納」と「動的に調整」との相違点につき、容易想到性の判断が争われた。
- 本願発明は、スマホやPCなど、複数の異なる端末(マルチデバイス)に応じて適切な表示形式への変換を実現するために、「予め格納」された複数の定義ファイル(CSSファイル)から、端末の画面サイズに応じて何れか一つの定義ファイルを選択する方式。
- 引用発明は、端末の画面サイズに応じて「動的に調整」する方式。

 

■ 上記相違点に対する審決の判断
- 周知例(端末装置の種類(通常、画面サイズも異なる)に対応する複数の定義ファイル(スタイルシートCSSファイル)を予め用意しておき、そのうちの1つを選択する技術)に基づき、容易想到である。

 

■ 出願人(原告)の主張(要約)
- 引用発明の目的は、「端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく、コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ、端末装置に応じた最適なコンテンツを提示する」というもの。
※ カギ括弧内は、引用文献からの引用部分。
- 周知技術(複数のスタイルシートを予め用意)を採用すれば、引用発明の前記目的を達成することが出来なくなる。

 

特許庁(被告)の主張(要約)
(引用文献における目的の記載について、)
- 引用発明があえて前記構成を採用したことは、・・・前記構成及び周知技術Aの各長短を総合して得られるメリットを比較考慮し、前記構成のメリットの方が大きい場合があると考えたことを示すにすぎない。
- 引用発明の前記構成に固有の問題の程度と、・・・周知技術Aに固有の問題の程度は、・・・発明を実施しようとする場面によって変化する。引用発明の前記構成に固有の問題の程度が、周知技術Aに固有の問題の程度よりも大きくなる場合があり得ることは、当業者に明らかである。
- 以上によれば、・・・これに接した当業者は、・・・あらゆる場合に周知技術Aの採用が否定されるとまでは考えないから、引用例による前記示唆も、引用発明の前記構成に代えて周知技術Aを採用することを阻害するものではない。

 

■ 裁判所の判断(要約)
- 引用発明は、従来技術において『複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の操作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題がある』という認識の下、「端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく、コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ、端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした」ものである。
※ カギ括弧以外は、当方による補足部分。
- 引用発明に周知技術Aを適用することは、「端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題を生じさせ」、「この問題は、引用発明がその解決を課題とし、・・・課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない」。
- 阻害要因があるものというべき。

 

■ 私見
- 本事案は、引用文献の解決課題欄の記載(課題認識に関する記載)から阻害要因が認定された理解しやすい例といえる。


- 本事案で着目すべき点として、特許庁の主張内容があげられる。


- 引用文献の『複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから、端末装置の種類や機種の増加に伴って、サーバ装置側の操作負荷が膨大なものとなり、コストも増大するという問題がある』という記載に対し、特許庁は、「メリットを比較考慮し、前記構成のメリットの方が大きい場合があると考えたことを示すにすぎない」、「これに接した当業者は、・・・あらゆる場合に周知技術Aの採用が否定されるとまでは考えない」と主張している。


- 本事件の提訴日は平成27年(2015年)1月28日であることを考えると、平成27年9月改訂の審査基準に向けて、産業構造審議会の審査基準専門委員会WGで検討されていた「進歩性判断における後知恵防止」の議論は、特許庁でまったく無視されていたと言えそうだ。


https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/new_shinsakijyun03_gijiyousi.htm


- 本事案の出願について審査時の意見書を拝見すると、以下のように、回路用接続部材事件などの判決の事件番号を引用している箇所が見受けられる。


 ”主引用例として認定された引用文献に記載された発明から出発して、本願の請求項に係る発明と引用文献に記載された発明との相違点に係る構成に想到することが容易であるか否かを検討することによって進歩性の有無を判断するという手法は、知的財産高等裁判所の多くの判例によって指示されています。”
 ”例えば、平成20年(行ケ)第10096号判決および平成20年(行ケ)第10261号判決をご参照下さい。これらの判決は、進歩性に基づいて拒絶する場合、解決されるべき課題が考慮されなければならないこと、引用文献を組み合わせるためには示唆などが必要とされることを判示しています。”
 ”さらに、これらの判決は、引用文献の組み合わせを考慮してどのように進歩性の拒絶理由が形成されたかについての合理的な説明を審査官が提供しなければならないことを判示しています。”
 ”さらに、比較的最近の平成24年(行ケ)10278号判決もまた、上述した進歩性の判断手法を採用することを支持しています。”

 

- 上述の意見書から学べることとして、事件番号を列挙し、「これらの判決は、進歩性に基づいて拒絶する場合、解決されるべき課題が考慮されなければならないこと、引用文献を組み合わせるためには示唆などが必要とされることを判示しています」という抽象的な引用の仕方では、本事案が審決取消訴訟にまでこじれてしまったことを考えると、あまり効果が期待できない、と言えそうである。

 

- 個々の判決が事案に応じた個別具体的な判断に基づくものであるならば、その具体的な事情を引用して、本件との類似性を簡潔に論証すべきなのだろう。

 

- すなわち、本事案の審査段階での意見書では、何点かの裁判例を引用して、規範の定立まではしているが、その規範への本件の具体的な事情を当てはめて検証するという点が足りていなかった、と言える。

 

以上

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「マルチメディア方法,マルチメディアシステム,及びアイテム」事件

平成24年7月18日判決言渡
平成23年(行ケ)第10380号
審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成24年7月4日

 

【概要】

原告が「ワイヤレス接続ではロボット主要部に電源を供給することができないから,引用発明においてワイヤレス接続を採用することは不可能であり,阻害事由がある」旨を主張したことに対し、裁判所は、引用発明の目的と直接関係がない事項であるとし、阻害要因を否定した事案。

【本事案のお言葉】

"ゲーム機本体からロボット主要部に電源を供給することは,引用例に記載された発明が達成しようとした目的と直接の関係はない。そして,玩具体への電源供給を電池などにより行うことは周知技術にすぎないものであり,電源供給をゲーム機から行わなくとも玩具体を動作可能とすることは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。よって,引用発明においてワイヤレス接続を適用することへの阻害事由があるとの原告の上記主張は採用することができない"

(by裁判長裁判官 塩月秀平 さま)

 

■裁判所の判断(抜粋):

3 情報アイテムとホストシステムとの情報交換のための接続(審決における相違点1の判断)について
 引用例では,ゲーム機本体(本願発明のホストシステムに相当)と玩具体(本願発明の情報アイテムに相当)との情報交換につき,ケーブルによる電気的接続を採用する旨の記載はあるものの,ワイヤレス接続に関する記載はない。しかし,引用例に記載された発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段,及び特許請求の範囲からみて,ゲーム機本体が玩具体主要部の不揮発性メモリからデータを読み取る手段についての限定は認められず,引用例における電気的接続は一実施例にすぎないと認められる。そして,引用発明におけるゲーム機本体と玩具体との間の接続がケーブルによる電気的接続ではなくワイヤレス接続であっても,ゲーム機本体が玩具体(ロボット玩具)のデータ(特性データや過去の対戦データ,識別部のスイッチのセット状態など)を読み取り可能であれば,玩具体(ロボット玩具)を特定してロボット玩具に対応するキャラクターをモニター装置に表示することは可能であり,また,対戦データを玩具体の不揮発性メモリに記録することも可能であって,ゲーム機本体とモニター装置に表示されるロボットと対応する実際の玩具体の情報交換を可能にしてゲームの興趣性を高めようとした引用発明の目的を達成することができる。そうすると,ワイヤレスによる通信・情報交換が周知技術であることからすれば,引用発明におけるケーブルによる電気的接続をワイヤレス接続に置き換えることは,当業者にとって容易想到というべきである。

 原告は,ワイヤレス接続ではロボット主要部に電源を供給することができないから,引用発明においてワイヤレス接続を採用することは不可能であり,阻害事由がある旨主張するが,ゲーム機本体からロボット主要部に電源を供給することは,引用例に記載された発明が達成しようとした目的と直接の関係はない。そして,玩具体への電源供給を電池などにより行うことは周知技術にすぎないものであり,電源供給をゲーム機から行わなくとも玩具体を動作可能とすることは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。よって,引用発明においてワイヤレス接続を適用することへの阻害事由があるとの原告の上記主張は採用することができない。よって,審決の相違点1に判断に誤りはない。

4 情報アイテムとホストシステムとの近接条件(審決における相違点2の判断)について  本願明細書(甲6,9)には,本願発明におけるホストシステムと分散アイテムとの「近接条件」に関して,「・・・ホスト装置が,分散アイテムが適切な近傍内にあるかどうかを検出する。これは約1メーターの距離とすることができ,あるいは同じ部屋内の存在であってもよい」(甲9の6頁10行~13行)と記載されていることなどからすれば,ユーザが,本願発明に係るシステムを実際に利用している現場において,ホストシステムと情報アイテムとの距離が近接していると物理的に認識可能な程度の範囲内であること(具体的には,ユーザのいる部屋内か,ユーザの目視可能な程度の範囲内)を意味するものと認められる。

 また,引用発明は,前記のとおり,3次元的な玩具体とゲーム機とを融合させて,玩具体と対応するキャラクターをモニター装置に表示するようにしたゲーム装置に関するものであり,モニター装置に表示されるロボットと対応する実際の玩具体を「近くに置いて」ゲームを操作できるようにし,プレーヤーの感情移入をしやすくしてゲームの興趣性を高めることを目的とするものであるから,ゲーム機本体と玩具体とをケーブル接続により接続してゲームを操作するのは,プレーヤーが,モニター装置と玩具体との距離が近接していると認識可能な程度の範囲内にモニター装置と玩具体が存在する場合(具体的には,ユーザのいる部屋内か,ユーザが目視可能な程度の範囲内)であるものと認められる。

 そうすると,本願発明における「近接条件」と,引用発明において,モニター装置と玩具体とを「近くに置いて」ゲームを操作することとは,実質的な距離範囲として異なるものではないと解せられる。

 そして,ワイヤレス接続による通信において通信可能な範囲を超えると通信ができなくなることは技術的に自明であるところ,引用発明においてゲーム機本体と玩具体との「接続」に周知技術である「ワイヤレス接続」を採用した場合に,「ワイヤレス接続により通信可能な範囲」をモニター装置と玩具体とを「近くに置いて」ゲームを操作する範囲とすることは,当業者にとって自明のことである。その結果,引用発明においては,プレーヤがモニター装置と玩具体とを「近くに置いて」ゲームを操作する範囲にある場合にのみ,「勝者となった玩具体の不揮発性メモリにはその対戦データが記録され」ることなるところ,これは本願発明の「近接条件を分散アイテムが満たす限り,情報アイテムが,前記ホストシステムが生成した結果に追随させることを許容する」ことに対応するものである。

 よって,引用発明において,「近接条件を分散アイテムが満たす限り」において,情報アイテムがホストシステムが生成した結果に追随させることを許容する構成を採用することは当業者にとって容易想到であるというべきである。審決の相違点2に関する判断に誤りはない。

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